ドゥニ・ビルヌーブ監督の「ボーダーライン」が描き出す世界の現実、善と悪の境界が揺らいでいく必見のクライム・アクションだ!

記者という仕事を生業にし、自分なりに勉強を続け、映画で世界を知ったような気になって40歳を超えても、この世界には知らないことがあり過ぎる。メディアのニュースで悪だと報道されていたものが、ある国や民族にとっては実は善で、善だと報道されていたものが実は必要悪だったりする。もちろん、しらなくていいことはあるのだろうが、事実を知れば知るほど、この世界が、社会がどのように動いているのかが見えてきて、絶望的な気分になりながらも、もっと知りたくなる。

 

麻薬の生産や所持、使用は犯罪である。外国映画で描かれる麻薬は、ある意味ドラマを展開させる要素の一つで、若い頃は傍観者として捉えていたが、日本でも最近、芸能人の麻薬所持や使用による逮捕のニュースが増えてきた。ニュースになったり、逮捕されるのは氷山の一角で、実際はもっと日本社会に蔓延しているのだろう思われる。

 

各国の政府は麻薬を撲滅しようと取り組んでいる。しかし一方で、麻薬ビジネスが一国の経済を動かし、麻薬組織同士、あるいは国同士(?)で麻薬戦争なるものが続いているのも事実のようだ。安全な国に住む日本人には想像しがたい現実であるが、実際多くの人が死んでいる。綺麗ごとでは解決できないことは、この世界に五万とあるのだろう。ある地域では、麻薬王が人々の英雄だったりするのだ。

 

昨年、「ブレードランナー 2049」が賛否両論を巻き起こしたドゥニ・ビルヌーブ監督の「ボーダーライン」(2015年)は、アメリカとメキシコの国境地帯で繰り広げられる麻薬戦争の現実をリアルに描いたクライム・アクションだ。麻薬撲滅に取り組むエリートの女性FBI捜査官ケイトが主人公だが、麻薬ビジネスによって人の命が簡単に失われていく現場に直面していくうちに、彼女の中で善と悪の境界が揺らいでいくというストーリー。

 

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一方の組織を撲滅させるために協力していた仲間や作戦が、実は敵対する組織の力を復権させ、麻薬ビジネスの秩序を取り戻すためだったという事実を知った時の主人公の衝撃は想像に難くない。下手すれば自分の命も簡単に消されてしまう世界だったのだ。

 

ケイトを演じたエミリー・ブラントの愁いを帯びた瞳と華奢な身体がどうしようもできない空しさを一層引き立てる。理想と現実、計り知れない現実に直面した時、自分は理想を、正義を貫き通せるだろうか。エミリー演じるケイトは最後まで抵抗しようと試みる。

 

対する麻薬組織撲滅の極秘作戦に参加した謎のコロンビア人を演じた名優ベニチオ・デル・トロが恐ろしく魅惑的だ。多くを語らずも、ある信念を持って作戦を遂行していくのだが、真実は予想を上回るものとなる。ベニチオの目つき、表情、仕草、風貌が醸し出す、計り知れない凄味。死と隣り合わせで生きている人間を見事に演じてみせている。

 

観客は、こんなことが許されてしまうのかと困惑するだろう。しかしまた、同じことが繰り返されていくのだということもどこかでわかるだろう。復讐や憎しみは何も生まない。命を奪えば必ず違う命が奪われていく。表向きは国を挙げて悪を撲滅し、平和を目指そうと取り組んでいるように見えても、そこにはまた裏の思惑が表裏一体となっていることを知った時、我々は絶望するしかないのだろうか。そんな現実を商業映画として作り上げてしまうハリウッド映画には、やはり学ぶべきことが多い。世界の裏側のある真実をちょっと覗いてみたい方、いつ死んでもおかしくない戦場の緊迫感を「映画」で味わってみたい方にお薦めのクライム・アクション映画です。

「黒沢清、21世紀の映画を語る」、映画とは「世界」を切り取ること、そして映画監督とは非現実を現実化することだ

2017年公開の日本映画のマイ・ベスト1作品は黒沢清監督の「散歩する侵略者」でした。それもあって、「黒沢清の全貌」(文藝春秋刊)に続いて、講演をまとめた「黒沢清、21世紀の映画を語る」(boid刊)を読みました。

 

黒沢清、21世紀の映画を語る

 

いったいこの黒沢清という監督は、映画とは何か、映画監督をどのように考えて撮っているのか? そして、この現実世界をどのように捉えているのか? 少しでも黒沢監督の頭の中を覗き込めればとの私の疑問に本書は少し答えてくれています。

私の映画論から始まり、映画のショットについて、小津安二郎について、映画とロケ場所について、映画の歴史について、そして映画監督の仕事とは何かについて語っています。具体例として、大島渚監督を挙げ、「日本春歌考」「絞死刑」について説明。さらに21世紀の映画を語るとして、リアルとドラマ、持続と断絶、人間、について語っています。

黒沢監督の得意ジャンルのひとつ、ホラー映画とは何かについて語り、人間の理解を超えた存在について、映画は「世界」を描くための技術であるとしています。黒沢監督が理想とする映画の最上の機能として、「存在していること」が「見ること」によって保障され、同時に「見ること」の可能性が「存在そのもの」によって極限まで高められると言います。映画というメディアの特質は、「不特定多数の他人と一緒に見る」という映画館の特徴が、映画というものの本質に大きく関わっているというのです。

また、黒沢監督と小津監督の共通点として、東京を舞台にした作品が多いことで、東京で映画を撮る理由、映画とロケ場所との微妙な関係を語っています。そして、撮影現場での映画監督の役割は、映画作りをスムーズに進行させていく役割を担っているとし、映画とは「世界」を切り取ることだと述べています。

映画を監督することは、非現実を現実化する作業、または現実の断片を寄せ集めて非現実を作り出すことであるとしています。

映画について、映画監督というものについて淡々と語っていますが、その言葉の奥には確かな映画的な知識があることがうかがえます。本書を読んだ後に久しぶりに「リアル 完全なる首長竜の日」を見直したのですが、まさに黒沢ワールドのひとつの集大成とも言える非現実世界を「リアル」に描き、最初に観た時よりもさらに興味深く観ることができました。

 

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「タランティーノ流監督術」を読めば、観客を一気に映画の世界へ引き込むクエンティン・タランティーノ監督の画作りの魔法が理解出来る必読の書

「名監督の技を盗む! スコセッシ流監督術」(発行:ボーンデジタル)に続き、「名監督の技を盗む! タランティーノ流監督術」(同)を読みました。観客を一気に映画の世界へ引き込む、画作りの魔法を、クリストファー・ケンワーシーが解き明かしています。

クエンティン・タランティーノ監督の登場は、映画青年だった当時の私には衝撃的で、すぐに憧れの存在となりました。監督デビュー作「レザボア・ドッグス」(91年)で彗星のごとく登場し、その脚本の面白さからジョン・トラボルタ、サミュエル・L・ジャクソン、ユマ・サーマン、ブルース・ウィリスらスターがこぞって出演した監督第2作「パルプ・フィクション」(94年)で第47回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞、時代の寵児となりました。

高校中退後、俳優を目指しながらレンタルビデオ屋の店員になり、膨大な数の映画を鑑賞する生活を送っていたという経歴から映画オタク監督のように評されていた時期もありましたが、本書を読めば、タランティーノ監督が画でストーリーを語ることのできる、映画の魔法を心得た映画作りをしていることが改めてわかります。

彼の映画を観ている観客は何気なく観てしまっているかもしれませんが、実はその可笑しさや突然の暴力、恐怖、不安といったものを引き起こすためにここまで計算して撮影していたのかと驚くことでしょう。そのタランティーノ監督の狙いを知った上で観ると、また映画が数倍面白くなることでしょう。

もちろんタランティーノ監督作品はそんな画作りだけでなく、何気ないくだらない会話やウィットの富んだ台詞、シーンにあった音楽の選曲、過去の名作にオマージュを捧げている映画愛など、映画ファンの心理をくすぐる楽しめる要素はいくらでも詰められています。

本書を読んだ後に、長編第8作「ヘイトフル・エイト」(15年)を観ました。186分という長尺ですが、大雪のため閉ざされたロッジで繰り広げられる密室ミステリーを描いた西部劇です。これがまた冒頭から伏線が張られたミステリーで、話が進むごとに徐々に謎を明かしながらも次々と主要人物が死んでいくのですが、最初から最後まで緊張感のある見事な作品です。

タランティーノ作品常連のサミュエル・L・ジャクソンをはじめ、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーンらが出演し、みないい味を出しています。彼らの名演もさることながら、緻密に練り上げられた脚本とそれに沿った凝りに凝った撮影が楽しめ、過去のアメリカの歴史や戦争、人種問題なども盛り込みつつ、映画的なカタルシスを与えてくれます。

また、この作品でタランティーノ監督が敬愛する巨匠エンニオ・モリコーネが音楽を担当し、第88回アカデミー賞で作曲賞を受賞したことも感慨深い作品で、しかも70ミリのフィルムで撮影され、画面は2.76:1というワイドスクリーンで描かれているのも映画ファンにはたまらない要素でしょう。

 

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本書を読めば、久しぶりにタランティーノ監督作品を観たくなること間違いなしです。あなたのタランティーノ作品ベスト1はどの作品でしょうか。私は甲乙つけがたいですが、1位「パルプ・フィクション」、2位「レザボア・ドッグス」、3位「ジャッキー・ブラウン」です。

笑って泣ける感動作「ペコロスの母に会いに行く」は、岩松了の確かな演技力とユーモアをもって重いテーマを描いた秀逸のインディ映画だ

2013年キネマ旬報ベスト・テン第1位ほか、数々の映画賞を総なめにした笑って泣ける感動作「ペコロスの母に会いに行く」を、遅まきながらやっと観ました。ずっと観ようと思いながら見逃していたのですが、なるほど、高い評価を得たことに納得がいきました。

少子高齢化の時代、高齢者の認知症はとても重いテーマでありますが、忘れていくことも悪いことじゃないと、前向きに描き、認知症の母の過去への思いが明らかになっていくにつれ、観る者に感動を与えます。

まず、原作は未読ですが、恐らく原作の世界観をしっかりと踏襲しているであろう阿久根知昭さんの脚本が素晴らしい。ブレイクポイントがわかりやすく、しっかりとした構成でありながら話のテンポに軽快さを感じました。過去と現在を行き来しつつ、映画的な表現によって、観る者を混乱させることなく、作品世界に誘い込みます。

そして、森崎東監督の演出。主人公・ゆういちを演じた岩松了さんをはじめ、母役の赤木春恵さん、加瀬亮さん、竹中直人さん、松本若葉さん、温水洋一さん、根岸季衣さんなどの芸達者な役者たちの個性を生かしつつ、物語の世界の中に見事にはめ込んでいます。また、原田貴和子さんと原田知世さん姉妹の共演も見どころです。

長崎を舞台に、登場人物たちの様々な人生が交錯し、普通ならばもっと暗い映画になってもおかしくないのですが、辛い出来事をユーモアをもって描いているところが本作の秀逸なことろです。

なかでも主人公・ゆういちを演じた岩松さんの演技が素晴らしい。飄々としながらも時折見せる真剣な眼差しが、ユーモアだけでは救われない現実があることを表現していると思いました。母に忘れられてしまった時の悲しみ、おぼろげに思い出される苦労していた母との幼少期の思い出、それでも酒飲みで神経症だった亡くなった父への愛を語ります。

一方で男やもめで、無職になりながらも漫画を描いたり、音楽活動をしている中年のゆういちは、自由人にも見え、そんな彼の性格が辛い現実の救いにもなっているようです。母が忘れてしまった時に、小さなたまねぎ「ペコロス」のような自分のハゲ頭を見せて思い出させるシーンは笑って泣ける名シーンでした。

インディペンデントの映画でありながら、これだけの俳優たちを配し、見事な脚本と森崎監督の演出力で、商業的にもしっかりと結果を残した製作体制・展開には、プロデューサーとして学ぶべきものが多いです。映画的な世界の中で人間を描こうとしている姿勢が伝わってきました。

 

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人生は辛いことばかりかもしれない。それでも生きていかなくてはならない。それは家族や親しい人がいてこそで、一人では生きていけないことを改めて気づかせてくれる作品です。

2017年映画マイベスト10発表、洋画「ブレードランナー2049」、邦画「散歩する侵略者」がトップ!

新年明けましておめでとうございます!

まだまだコンテンツ投入途中のブログですが、今春までにはコンテンツを整備して、正式にこのブログサイトをスタートしたいと思っていますので、気楽にお付き合いいただけますと幸です。

さて、2018年がスタートしましたが、映画をおススメしているブログサイトであるからには、2017年に観た映画のベスト10を決めたいと思います。

結局昨年観た映画の本数はDVDやVODも含めて約150本でした。その中から昨年公開された新作に絞って洋画と邦画のベスト10を発表したいと思います。

【洋画】
①ブレードランナー2049
②ラ・ラ・ランド
③スター・ウォーズ 最後のジェダイ
④ダンケルク
⑤新感染 ファイナル・エクスプレス
⑥ネオン・デーモン
⑦ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー
⑧お嬢さん
⑨哭声 コクソン
⑩メッセージ

 

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【邦画】
①散歩する侵略者
②アウトレイジ 最終章
③ポエトリーエンジェル
④ビジランテ
⑤打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
⑥エルネスト
⑦武曲 MUKOKU
⑧PARKS パークス
⑨あゝ、荒野 前後篇
⑩君の膵臓をたべたい

 

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以上のような結果になりました。

皆さんはどのようなトップ10となりましたでしょうか。
面白い映画との出会いが人生を豊かにしてくれます。

これからもどんどんおススメしていきますので宜しくお願いします!

ジャッキー・チェンが遂にボリウッドと融合した新作「カンフー・ヨガ」は、世界のファンへ向けたサービス映画だ! 限界を超えて闘う勇姿をもう一度観たい!

ジャッキー・チェンが遂にボリウッドと融合した中国とインドの合作映画「カンフー・ヨガ」が、お正月映画として12月22日より公開されました。ジャッキーのカンフー映画を観て育った筆者としては、観ないわけにはいきません。

カンフーの達人でもある考古学者をジャッキーが演じ、インドをはじめ世界各国を股にかけた冒険を繰り広げるアクション・アドベンチャー作品。「サンダーアーム 龍兄虎弟」(86年)や「プロジェクト・イーグル」(91年)の流れを汲む、ジャッキーお得意のお宝をめぐるストーリーです。そこに映画大国インドのボリウッド要素がどのように絡んでくるのかが見どころの一つ。

 

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中国・西安市の博物館に勤務する名高い考古学者ジャックは、ヨガの達人で同じく考古学者のインド美女アスミタから歴史に隠された失われた財宝探しを持ちかけられます。約1000年前にインドと中国の間で起きた混乱の中で消えてしまった財宝を探すため、中国、インド、ドバイ、アイスランドと世界を巡って物語は展開していきます。

まさにカンフーあり、ヨガあり、カーアクションに加え、「インディ・ジョーンズ」ばりのアドベンチャー・アクションが笑いとともに展開。中国とインドの男優、女優をバランス良く配し、両国の文化や歴史にも配慮しながら事件が巻き起こり、最後には、ボリウッド映画のようにジャッキーや皆が一緒に踊って大団円を迎えるという落ちとなります。

香港(中国)から飛び出して世界の映画人として認められたジャッキーが、遂にインド映画と融合という到達には長年のファンとしてはとても感慨深いものがありました。映画は「アクション」であり、カンフー(功夫)はリズミカルな踊りの要素をもっていて、インド映画の歌って踊りまくる展開はどちらも同じだと言えます。

そういった意味で「カンフー・ヨガ」は上手くバランスをとった映画であり、ジャッキーの円熟味を生かした大衆向け娯楽作として、中国とインドの人口をもってすれば世界での大ヒットも頷けます。

しかし、やはりジャッキーアクションの全盛期を知っている筆者としては物足りないと言わざるを得ない作品でした。63歳になったジャッキーは頑張っていますし、よくこんなに動けるなあと感心するのですが、それ以上を期待するのはもう酷な話なのでしょうか。

ここ数年、常々アクションは引退と口にするジャッキーだけに、「カンフー・ヨガ」は一般的な世界のジャッキーファンへのサービス映画のようなものなのでしょう。

でも、コアなジャッキーファンとしては、とことん痛めつけられた末に、自分の限界を超えて敵やライバルを打ち負かしていく、ドラマやアクションに挑戦し続ける勇姿を、もう一度観てみたいと強く願います。

「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」の新展開とラストの鳥肌ものの驚異的な展開をあなたはどう捉えるか!? 劇場で確認するべし!

「スター・ウォーズ フォースの覚醒」(15年)に続くシリーズ第8弾「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」が世界中で大ヒットを記録していますが、賛否両論を呼び、一部のスター・ウォーズファンからは批判されているようです。理由は、マーク・ハミル演じるルーク・スカイウォーカーとジェダイの伝統をぶち壊しているというもの。

 

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ネタバレありなので注意してお読みいただきたいのですが、前作「フォースの覚醒」の最後に登場したルークが新作でどんな活躍を見せるのか期待を胸に劇場へ駆けつけたのですが、はるばる会いにきたレイに渡されたライトセーバーを、ルークはいきなりぽいっと投げ捨ててしまうのです。これには正直度肝を抜かれました。

しかし、このシーンが新作の新たな世界観を象徴しているとも言え、さらにラストの驚異的な展開を盛り上げる結果になっていると私は捉えています。批判している一部のファンは、このルークの態度やジェダイの伝統を否定するような展開に戸惑っているのでしょう。

ライアン・ジョンソン監督がすでに語っているように、新作のテーマは登場人物たちの新たな「葛藤」です。「フォースの覚醒」を観て期待したり、想像した展開とはいかないのが新作の見どころでしょう。

眠っていた力が覚醒したレイは、ルークに出会い、そのフォースを研ぎ澄ましていきますが、同時に暗黒面にも誘惑されます。前作で父親ハン・ソロを殺めたカイロ・レンは、その力や野望を増大させていきますが、母親であるレイア・オーガナを殺すことには躊躇し、スノーク最高指導者に反旗を翻すという心の揺らぎをみせ、レイに仲間になるように手を差し伸べます。

一方、ルークは弟子であったカイロ・レンの秘めた力に驚き止めようとするのですが、暗黒面へ追いやってしまった自らの過ちを胸に隠居、ジェダイ騎士のフォースの力を否定するという設定。でも、レイと出会ったことで自らの役割を受け入れて、圧倒的な力を発揮します。

私が面白かったのはレイとカイロ・レンの新たな関係性。前作でライトセーバーを交えた2人は、その後、離れてはいても意識かで何度もつながり会話し、お互いの存在を強烈に認め合っていきます。今のところ兄弟でもない、愛し合ってもいない2人が今後手を取り合うことはあるのでしょうか。

もう一つはラストでルークがジェダイ騎士としてフォースの力を存分に発揮するシーン。絶体絶命に追いやられた反乱軍を寸でのところで救い出します。日本の武士道や精神世界にも通じるような描写にはニヤリとさせられます。

誰しもが持っている光と闇。映像技術の進歩による視覚的な面白さはもちろんですが、「スター・ウォーズ」シリーズが愛されているのは、この精神世界を「ジェダイ」や「フォース」、「ダークサイド」などに置き換えて描き出しているからでしょう。

新作ではこのルークやジェダイの扱いがこれまでのシリーズとはちょっと違和感があったことから批判につながっているにのだと思います。しかし、ヨーダによって焼き払われていたと思ったジェダイの教典(聖典)は実はちゃんと残されていたのではと思わせるシーンもあるので、次回作の第9弾に期待が高まります。

スティーブン・キング原作の映画「IT イット“それ”が見えたら、終わり。」は恐ろしさとともに感動が味わえる新時代のホラー映画か?!

洋画のホラー映画としては異例の大ヒットを記録している「IT イット“それ”が見えたら、終わり。」を観てきました。

高校生以上の若者が連れ立って映画館に詰めかけているということで、子ども受けを狙ったホラーなのだろうと甘くみていたのですが、なるほど、怖いだけでなく、映画としてしっかりと面白いではないですか。さすが、原作はスティーブン・キングの代表作のひとつ。1990年にはテレビドラマ化もされています。

舞台はアメリカの静かな田舎町なのですが、この町はいわくつきの歴史をもっていて、ある種都市伝説的な不穏な恐怖がうごめいているのです。しかも“それ”はピエロとして現れるではないですか。

子どもの頃、誰しもがもっていた“恐怖”。それはお化けに対するものかもしれないし、見えないものへの恐れ、暗闇の中の気配など。

しかしこの映画は、そういったものへの恐怖を描くだけでなく、生きていく上でそれぞれが持っている現実的な恐怖にも置き換えて描かれているところが多くの共感を呼んでいるようです。“それ”の恐怖を克服するために、仲間と力を合わせて立ち向かっていく展開は胸を熱くするものがあります。

映画としての視覚的な恐ろしさ、仕掛け、音、編集、特殊効果など、これでもかというくらいに畳み掛けてくるのですが、感心したのは脚本の面白さ。もちろんホラー映画特有のご都合主義的な展開も満載なのですが、それを差し引いても新しい感覚で訴えてくる物語の高まりとともに恐ろしさを味わえます。

 

IT イット“それ”が見えたら、終わり。

 

ちょっと最近生温い映画に飽きていた方には、おススメのホラー映画です。

アッバス・キアロスタミ監督の「24フレーム」から「映画とは何か?」を考える、映画を観る力が試される野心作

第18回東京フィルメックスのクロージング作品として、アッバス・キアロスタミ監督の「24フレーム」を鑑賞しました。

写真が撮影された前後ではどうなっているのか? そんなコンセプトに基づいて映画と写真の統合を試みたキアロスタミ監督の野心作です。

2016年7月に亡くなったイランの名匠は、本編完成前にこの世を去りましたが、何を想ってこの異色なテーマに挑戦したのでしょうか。

全編ほぼフィックスの114分。何パターンかのある決まったシチュエーションの中に、牛や鳥、波が打ち寄せる海辺や雪の舞う景色などが、24フレームにわけて映し出されます。

写真なのか絵なのか、映像なのか、観客は戸惑いながらもこのフレーム内の景色を眺めるのみです。

アメリカ映画や香港映画、日本映画以外の世界の映画を観はじめていた私にとって、キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」(87年)を観た時の衝撃は私の映画人生に大きな影響を与えています。

「こんな映画があるのか」「いや、これが映画なのだ」と、フィクションでもありノンフィクションでもあるようなこの映画を観終わった後に何とも言えない映画的な幸福感に包まれたこと、この映画を観た人生とそうでない人生は間違いなく異なると確信しました。

だからこそ「24フレーム」には正直戸惑いました。「これは映画なのか?」と。

しかし、「友だちのうちはどこ?」を観た時がそうであったように、キアロスタミ監督はまたしても私の既成概念を打ち崩してくれたのだと気づきました。

 

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「映画とはこういうものだ」というある種の自分の中の自信。これがないと映画評やニュース原稿は書けないし、映画をプロデュースすることもできません。

でも、私は「24フレーム」で映画を観る力を改めて試されたのだと思いました。この作品から何を受け取ったのか、まだ答えは出せていませんが、まさにキアロスタミ監督の遺言のように感じています。

ウォン・カーウァイ監督の傑作「欲望の翼」がデジタルリマスター版で13年ぶりに公開! 90年香港映画の熱気が感じられる奇跡のような作品

ウォン・カーウァイ監督の傑作の一つ「欲望の翼」(90年)が、デジタルリマスター版で、2018年2月から東京・渋谷のBunkamuraル・シネマほか全国で順次公開されることが決定しました。ということで、「欲望の翼」のパンフレットを久しぶりに開いてみました。

「欲望の翼」は、カーウァイ監督の「恋する惑星」とともに、私のそれまでの香港映画に対する概念を覆させた映画の一本。作品は、1960年代の香港を舞台に、若者たちのけだるい恋愛模様を描いた現像劇。今は亡きレスリー・チャン、マギー・チャン、アンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、カリーナ・ラウ、そしてトニー・レオンと、当時香港の豪華6人のスターが競演した、今となっては奇跡のような作品です。

時系列に沿わないストーリー展開やモノローグの多用、陰影に富んだ原色を効果的に配した映像と美術、自由なカメラワーク、印象的な音楽を使用するなど、その後の香港ポスト・ニューウェイブを担うスタッフで、カーウァイ監督がその独自のスタイルを確立した原点ともいえる作品。香港電影金像獎など数多くの映画賞を受賞しました。

当時の配給会社プレノンアッシュによるパンフレットは、シナリオも採録された44ページの保存したくなる作り。表紙は密林を背景に、レスリーら6人が食卓に座ったカットがコラージュされています。

レスリーの退廃さ、カリーナの色気、マギーの美しさ、アンディの男気、ジャッキーの純朴さ、そしてトニーの男の色気。レスリー演じる主人公ヨディが、サッカー競技場の売店の売り子スー(マギー)に語りかける「1960年4月16日3時1分前、君は僕といた。この1分を忘れない――」という印象的なセリフはもちろん、登場人物たちのモノローグがこの物語を展開させていくのですが、象徴的な時計のカットの挿入など、映像だけでも人物の心情を表現しているところがカーウァイ監督のスタイル。

撮影シーンは、その日になるまでわからず、直前まで監督がシナリオを書き直していたという逸話も伝わっていますが、そうした生感覚の映画作りが画面から伝わってくるのがカーウァイ作品の魅了の一つ。息子と母親の話をベースにしながら、男女の恋愛模様描いたラブストーリーで終わるのかと思いきや、後半突如としてアクションシーンが挿入され、男の友情が描かれるなど、香港映画らしさがあるのも愛嬌のひとつ。ただ、ここからヨディとタイド(アンディ)が逃避行していくシーンがまたいいんですよね。

そして、トニー。なんと最後に出かける身支度をしているシーンだけの登場。これがまた余韻を残して素敵でした。調べると、当初はもっとトニーのシーンがあったとのことで、本作ではバッサリとカットしたとのこと。ただ、それが後の作品につながっていくのがカーウァイ作品の楽しみ方となるのです。

 

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今回、日本のスクリーンでの上映は13年ぶりとのこと。27年前の香港映画の傑作が、当時の映画ファンだけでなく、今の若い世代にどのように受け止められるのか注目されます。デジタルリマスターでどのように甦るのか楽しみです。

1990年/香港映画
提供:ハドソン、ファンハウス、プレノン・アッシュ
配給:プレノン・アッシュ