小津安二郎監督と共に日本映画の黄金期を築いた伝説的な脚本家・野田高梧によるシナリオ創作論「シナリオ構造論」は必読の名著

「晩春」「麦秋」「秋刀魚の味」「東京物語」など、小津安二郎監督の代表作を担い、日本映画の黄金期を築いた伝説的な脚本家・野田高梧によるシナリオ創作論「シナリオ構造論」(フィルムアート社)を読みました。「構造」から映画を考える、シナリオ創作の代表的な入門書で、1952年に発刊(宝文館出版)されたものの復刻版です。半世紀を経た現代でも読み応えのある名著です。

 

シナリオ構造論

 

改めて映画の企画開発を進めるにおいて、やはりシナリオ開発の重要性を痛感しているので大変勉強になりました。半世紀前にすでにこのようにシナリオの構造について野田氏がわかりやすくまとめていたのを確認して、ああ、やはりこのように論理的に整理してシナリオを執筆していたんだなと。小津監督独自の映画の文法だけでなく、野田氏のそうした考えが物語構成の根底にあったんですね。

今では当たり前なところもありますが、改めて「映画の発生」から「映画の文法」「独創性の基礎」、概論として映画とは何か、「映画美」「文学性」「大衆性」「倫理性」について述べられています。

そして、その基本として「虚実の真実」「事実の整理」「映画の特性」、シナリオの「位置」や「技法」、文章について、「時制の問題」「長さの問題」について説明。構成として、「題材」「テーマ(主題)」「ストーリー(筋)」「プロット(はこび)」「コンストラクション(構成)」を示し、局面として劇的な「局面の発生」や「構成の原則」「発端」「ファースト・シーン」「葛藤」「危機」「クライマックス」「結末」を挙げます。

さらにシナリオ的構成、シナリオの視覚性、映画的話術の特徴、「性格の問題「性格描写」「性格の発展と変化」「人物の数」「心理の具象化」、そして「結論」について具体的に言及し、野田氏独自の考えをまとめています。

映画シナリオの文学(小説)との違い、映画製作の設計図となる重要性とそれだけの役割にとどまらず、映画的表現を記せるものとして、「映画的な考え」がシナリオ執筆時には重要であることなどが記されています。

小津監督は「映画に文法などない。いい映画が誕生すれば、それが映画の新しい文法になる」といった趣旨の発言をしていたのをある関連本で読んだのを思い出します。カメラを低く据えた独自のアングルと台詞回しなど、特徴的な映画スタイルで世界的に評価されている小津作品ですが、シナリオ作家・野田氏との共作によって確立されていたのですね。

日本だけでなく、世界でも共感される映画を生み出した2人の意図が垣間みられた気がしました。久しぶりに作品を見返したくなりました。

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