韓国映画界の異端児、キム・ギドク監督は、その衝撃的な物語展開と暴力的な描写などから、常に物議を醸す一方で、新作への期待が高い現代監督の一人でしょう。非常にパーソナルで、性的な嗜好や人間の暴力性、奇形的な愛、死生観を描き、映画作家として独自のポジションを築いています。
私が初めて見た作品は、日本初上陸の「魚と寝る女」(00年)でした。水と女性と魚というモチーフから独特な表現で物語を展開し、女性の陰部(陰毛)を暗喩したラストシーンには衝撃を受けたのを覚えています。
私がこれまでに観たギドク作品で最も心をかき乱されたのは、「悪い男」(02年)と「うつせみ」(04年)です。「悪い男」は、無口なヤクザと女子大生の壮絶な愛を描いた異色のラブストーリーです。街中のベンチに腰掛ける清楚な女子大生に一目惚れしますが、女子大生は侮蔑の視線を男に向け、彼氏の元に行ってしまうのですが、男は強引に女子大生の唇を奪って、街はパニックに陥ります。
この観る者の度肝を抜く展開。さらに男は罠を仕掛け、女子大生を自分の仕切る売春宿に連れてきてしまいます。なんて悪い男なのでしょう。女子大生もそれを知って脱走するのですが、連れ戻されて次第に売春宿の日常に染まっていきます。男は一切話さず、娼婦となった女子大生をマジックミラー越しに見守るだけ、この屈折した愛情は異常ですが、いつしかそんな男が愛らしく見えてきてしまったのは私だけでしょうか。
もちろん女子大生は最初は男を拒絶し続けますが、娼婦となってからは愛憎や2人の関係が逆転。マジックミラー越しに見守られていることに気づいた女子大生は徐々に男の一途な愛を意識していきます。人を愛するとは、人に愛されるとはいったいどういうことなのか? 観ているこちらの常識が覆されていきます。
そして、ある事件をきっかけに男は女子大生を最初のベンチに送り届けるのですが、なぜか女子大生は男の元に戻り、2人は売春で金を稼ぎながらトラックに乗って共に暮らしていくのです…。男と女の関係はどんなに愛し合っても謎です。お互いに完全に理解し合うことはできないでしょう。
しかし、この2人の関係を見た時に、誰にも入り込むことの出来ない愛情を感じたのも確かです。男がたった一度だけ発する声を聞いた時、なぜか私は涙がこぼれました。キム・ギドクが見ている世界を見た時、私たちの常識を疑うことになります。同時に映画の常識も覆されるでしょう。
人気漫画を実写化した日本映画に辟易している方に是非観て欲しいです。「うつせみ」についてはまたの機会に語りたいと思います。