黒沢清監督の新たなる傑作「散歩する侵略者」、日常に潜む恐怖と世界の終焉を描く黒沢美学を堪能、愛は地球を救うのか!?

黒沢清監督の最新作「散歩する侵略者」を観ました。面白い! また黒沢監督の傑作が誕生しましたね。こんなことが現実に起こったら恐ろしいはずなのに、時に笑えて、手に汗握り、そして私は泣いてしまいました。日本映画でもこんな形でSF映画が作れるんだと、拍手したくなりました。本当にこんなことが現実に起きたら面白いかも、なんて、不謹慎にも想像してしまった自分がいました。

劇作家・前川知大が率いる劇団「イキウメ」の人気舞台が原作なのですが、まさに黒沢清が映画化するにうってつけのテーマ。黒沢監督にこの舞台を映画化しないかと提案したプロデューサーには頭が下がります。なんと地球侵略を目的とした侵略者=宇宙人?が、人間の“概念”を奪いながら不気味に暗躍しはじめ、夫を侵略者に乗っ取られた妻がそれでも愛を貫こうと葛藤する姿を描いていきます。

もうこの設定からして面白い。冒頭から観客を黒沢ワールドに引きずり込むホラーのような展開が炸裂し、ただごとではない異様な日常=世界が描かれることが暗示されます。松田龍平演じる夫は侵略者に人格=頭の中を乗っ取られ、自分が何者であるかはっきりと理解できず、歩くこともままなりません。不仲だったそんな夫の様子を不思議に思いながらも長澤まさみ演じる妻は抱えるように家へ連れて帰ります。

ある日、愛した人が突然別人格になったら、あなたは愛し続けられますか? これは本作の重要なテーマの一つです。以前とは何か違う変わった夫に戸惑いつつも、妻は自分に興味を示し、優しくなっていく夫に再び惹かれていきます。徘徊する=散歩すると怪我したり、空き地や川辺で倒れている夫を心配し、まさに子どもをあやすように手を引いて接するうちに、「侵略された夫」と絆を取り戻していきます。

はじめは妻も信じていないのですが、夫のそんな変化や周囲で起きる不思議な現象の連続に次第に疑問を持ち始め、「地球を侵略しに来た」という夫の衝撃の告白を、意外にも妻は素直に受け止めます。普通なら驚愕し、恐ろしさのあまり泣き叫んでもおかしくないのですが、案外人はこんな反応をするのかもしれないなとも思えました。本当に侵略者が地球を侵略しに来たのなら、狼狽えて慌ててもどうしようもない。男性よりも女性の方が冷静になるのかもしれません。

公開後のトークイベントで黒沢監督が、「鳴海=妻の『いやになっちゃうなあ、もう』というセリフについては、滅多にそういうことをしないんですが、長澤さんが戸惑うといけないので、脚本に“(女優の)杉村春子風に”と初めて書きましたね」と言っているのを読んで、さすが黒沢監督!と納得しました。どこかで聞いたことのある台詞とニュアンスだなと観ている時に思ったのですが、まさに杉村春子さん(『東京物語』の時の台詞か?)だったのです。どこか達観した女性の気の強さや諦め、おかしさや可愛らしさが伝わってくるシーンの台詞です。

世界が侵略されゆく中で、妻が最後に求め、夫=侵略者に与えたものとは何か。そして、それが「侵略者」にどんな変化を及ぼすのか。映画を観て確かめていただきたい。夫婦役を演じた松田さんと長澤さんが素晴らしいです。ジャーナリストを演じた長谷川博己さんも秀逸でした。

 

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黒沢監督は、日常に潜む恐怖を描き続けている監督だと言えます。たとえ侵略者ではなくても、普通の日常が普通でなくなる恐ろしさとおかしさ、そこに巻き起こる世界のゆがみ。信じていたもの、目で観ていたものが真実ではなくなっていくデカダンス。そんな風に観ると、何かをきっかけに明日起こってもおかしくない非日常がすぐそこにあることを気づかせてくれる作品でもあると思います。

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