ドゥニ・ビルヌーブ監督の「ボーダーライン」が描き出す世界の現実、善と悪の境界が揺らいでいく必見のクライム・アクションだ!

記者という仕事を生業にし、自分なりに勉強を続け、映画で世界を知ったような気になって40歳を超えても、この世界には知らないことがあり過ぎる。メディアのニュースで悪だと報道されていたものが、ある国や民族にとっては実は善で、善だと報道されていたものが実は必要悪だったりする。もちろん、しらなくていいことはあるのだろうが、事実を知れば知るほど、この世界が、社会がどのように動いているのかが見えてきて、絶望的な気分になりながらも、もっと知りたくなる。

 

麻薬の生産や所持、使用は犯罪である。外国映画で描かれる麻薬は、ある意味ドラマを展開させる要素の一つで、若い頃は傍観者として捉えていたが、日本でも最近、芸能人の麻薬所持や使用による逮捕のニュースが増えてきた。ニュースになったり、逮捕されるのは氷山の一角で、実際はもっと日本社会に蔓延しているのだろう思われる。

 

各国の政府は麻薬を撲滅しようと取り組んでいる。しかし一方で、麻薬ビジネスが一国の経済を動かし、麻薬組織同士、あるいは国同士(?)で麻薬戦争なるものが続いているのも事実のようだ。安全な国に住む日本人には想像しがたい現実であるが、実際多くの人が死んでいる。綺麗ごとでは解決できないことは、この世界に五万とあるのだろう。ある地域では、麻薬王が人々の英雄だったりするのだ。

 

昨年、「ブレードランナー 2049」が賛否両論を巻き起こしたドゥニ・ビルヌーブ監督の「ボーダーライン」(2015年)は、アメリカとメキシコの国境地帯で繰り広げられる麻薬戦争の現実をリアルに描いたクライム・アクションだ。麻薬撲滅に取り組むエリートの女性FBI捜査官ケイトが主人公だが、麻薬ビジネスによって人の命が簡単に失われていく現場に直面していくうちに、彼女の中で善と悪の境界が揺らいでいくというストーリー。

 

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一方の組織を撲滅させるために協力していた仲間や作戦が、実は敵対する組織の力を復権させ、麻薬ビジネスの秩序を取り戻すためだったという事実を知った時の主人公の衝撃は想像に難くない。下手すれば自分の命も簡単に消されてしまう世界だったのだ。

 

ケイトを演じたエミリー・ブラントの愁いを帯びた瞳と華奢な身体がどうしようもできない空しさを一層引き立てる。理想と現実、計り知れない現実に直面した時、自分は理想を、正義を貫き通せるだろうか。エミリー演じるケイトは最後まで抵抗しようと試みる。

 

対する麻薬組織撲滅の極秘作戦に参加した謎のコロンビア人を演じた名優ベニチオ・デル・トロが恐ろしく魅惑的だ。多くを語らずも、ある信念を持って作戦を遂行していくのだが、真実は予想を上回るものとなる。ベニチオの目つき、表情、仕草、風貌が醸し出す、計り知れない凄味。死と隣り合わせで生きている人間を見事に演じてみせている。

 

観客は、こんなことが許されてしまうのかと困惑するだろう。しかしまた、同じことが繰り返されていくのだということもどこかでわかるだろう。復讐や憎しみは何も生まない。命を奪えば必ず違う命が奪われていく。表向きは国を挙げて悪を撲滅し、平和を目指そうと取り組んでいるように見えても、そこにはまた裏の思惑が表裏一体となっていることを知った時、我々は絶望するしかないのだろうか。そんな現実を商業映画として作り上げてしまうハリウッド映画には、やはり学ぶべきことが多い。世界の裏側のある真実をちょっと覗いてみたい方、いつ死んでもおかしくない戦場の緊迫感を「映画」で味わってみたい方にお薦めのクライム・アクション映画です。

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