ファン・ジョンミンの熱演に涙する感動作「国際市場で逢いましょう」、韓国映画界のスペシャリストが結集した韓国版「フォレスト・ガンプ 一期一会」

ファン・ジョンミン主演の韓国映画「国際市場で逢いましょう」のプレスシートが出てきました。韓国で1132万人を動員した「TSUNAMI ツナミ」のユン・ジェギュン監督が、情熱を注ぎ込み描き出した、家族への愛情溢れる一大叙事詩。動員1410万人を突破し、韓国歴代2位(公開当時)となる記録的な大ヒットとなりました。第65回ベルリン国際映画祭パノラマ部門にも正式出品されています。

 

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韓国・釜山の国際市場をメイン舞台に、朝鮮戦争の興南撤収、国民儀礼、ドイツ派遣、ベトナム戦争や南北分断で生き別れになった離散家族の捜索、韓国の歴史の重要な出来事が、一人の男の波乱に満ちた生涯を通して描かれています。まさに韓国版「フォレスト・ガンプ 一期一会」といっても過言ではない感動作です。

時代に翻弄されながらも愛する家族を守るために愚直なほどに懸命に生きる主人公ドクスをジョンミンが、青年期から老齢まで演じ切っています。風貌は無骨だが、心の温かい男を演じさせたら、韓国で右に出るものは今のところいないですね。共演には、ハリウッドでも活躍した「シュリ」(98年)のキム・ユンジン、名優オ・ダルス、チョン・ジニョンなど実力派の俳優が脇を固め、東方神起のユンホが本格的スクリーンデビューしているのも見所の一つとなっています。

韓国人気質といいましょうか、ドクスは思いきり笑って、泣いて、怒って時代を生き抜いていきます。その姿を見ると、家族とは何か、なぜ生きるのかを改めて考えさせられます。韓国の壮大な歴史を、一人の男の生涯を通して家族の物語として描いたジェギュン監督の手腕は見事です。国民の父を演じることを託されたジョンミンが最強の演技力で見事に応えています。スタッフは韓国映画界きってのスペシャリストが結集し、1950年から80年代までの韓国を見事に再現しています。

こんなにも苦難が押し寄せるのかというくらいドクスは波瀾万丈の人生を送るのですが、いつの時代も本当に大切なものは何なのか気づかせてくれる作品です。生きる意味を見失いかけているか方、家族との関係に疲れている方、韓国の歴史を学びたい方、そして自分の運命に辟易している方などにおススメです。韓国映画の底力にも圧倒されます。

大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ問題でハリウッドが激震!彼が手掛けた傑作たちはどうなってしまうのか…

アメリカの大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ問題でハリウッドに激震が走っていることが連日報道されています。報道の通り、権力による女性に対するセクハラは許されるものではありません。まさに陳腐なドラマのように、このようなことが実際に長い間、夢の都ハリウッドの裏側で行われていたとは…。

ワインスタインが70年代後半に最初に立ち上げた独立系映画配給会社ミラマックスは、ブロックバスター作品を手掛けるハリウッドのメジャー会社を相手に、アートハウス映画を商業的にも批評的にも次々に成功させました。スティーブン・ソダーバーグ監督の「セックスと嘘とビデオテープ」(89年)、ニール・ジョーダン監督の「クライングゲーム」(93年)など。その成功からディズニーに8000万ドルで会社を売却し、その後も会長としてハリウッドで影響力を強めていきました。

そして初めてのブロックバスター映画、クエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」(94年)が大ヒット。96年公開の「イングリッシュ・ペイシェント」がミラマックス作品として初めてアカデミー作品賞を受賞しました。その後も、97年「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」、98年「恋におちたシェイクスピア」でアカデミー作品賞を受賞しています。ミラマックス作品はなんと05年までに249個ものアカデミー賞ノミネートを獲得したとのこと。

独立系映画配給会社からスタートし、時代の寵児、ハリウッドの大物プロデューサーに成り上がりました。ここにあげた作品だけでも、メジャースタジオが手掛けない作家性のある傑作、秀作、意欲作ばかりです。タランティーノの「パルプ・フィクション」には私も大きな影響を受けました。

さらに05年にはミラマックスを退社し、新たに製作会社ワインスタイン・カンパニーを設立。そこからまた09年「イングロリアス・バスターズ」、10年「英国王のスピーチ」、11年「アーティスト」、12年「世界にひとつのプレイブック」「ザ・マスター」などをプロデュースしています。

監督の作家性を生かしながら商業的にもヒットさせ、批評的にも高い評価を得てきた希有な映画プロデューサーと言えるでしょう。会社名と彼の名はひとつの映画ブランドになっていたと思います。大資本で動いているハリウッドの構造を変えたといっても過言ではないのではないでしょうか。

日本の独立系の製作・配給会社がこのような成功を収められたら、日本映画界の構造も少しは変えられるのかもしれません。それだけにワインスタインは憧れの映画プロデューサーの一人でした。なので今回明るみになったセクハラ問題はとても残念ですし、大きなショックです。

 

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このことで過去に彼がプロデュースした映画の評価も貶められてしまうのでしょうか。この問題は今後、いろいろな方面に波及していくと思われます。彼と一緒に仕事をした監督や俳優たちが非難の声明を出していますが、ハリウッドの歴史に泥を塗ってしまったことは消せそうにありません。

ジャン=リュック・ゴダール監督の2代目ミューズ、仏女優アンヌ・ヴィアゼムスキーさん逝去

ジャン=リュック・ゴダール監督の2代目ミューズ、仏女優のアンヌ・ヴィアゼムスキーさんが10月5日に乳がんのため亡くなったと仏メディアが報じました。70歳だったとのこと。

私は断然初代ミューズのアンナ・カリーナ派なのですが、訃報を聞いてまた一つの時代が終りを告げたのだと思いました。

報道によれば、アンヌさんは1947年にドイツに生まれ、64年の18歳の時にロベール・ブレッソン監督「バルタザールどこへ行く」で映画デビューを果たしました。

そして、67年にゴダール監督の「中国女」で主演を務め、アンナ・カリーナとはまた違った魅力で世界にその存在を知らしめました。同年にはゴダール監督と結婚し、「ウィークエンド」(67年)、ゴダールらが設立したジガ・ヴェルトフ集団による「東風」(70年)、「万事快調」(72年)などの、67年以降商業映画と決別宣言した作品に出演します。しかし、ゴダール監督が商業映画に復帰した「勝手に逃げろ/人生」の79年に離婚しました。

ゴダール作品以外では、ピエル・パオロ・パゾリーに監督「テオレマ」(68年)、フィリップ・ガレル監督「秘密の子供」(82年)、アンドレ・テシネ監督「ランデヴー」などの作品に出演。ガレル監督「彼女は陽光の下で長い時間を過ごした」(85年)以降は映画には出演していません。

一方で、小説家としても活躍し、自伝的小説「彼女のひたむきな12カ月」にはゴダールとの恋愛関係を赤裸々につづって話題となりました。

アンナ・カリーナとはまた違った魅力と前述しましたが、アンナが陽ならばアンヌは陰のイメージでしょうか。どうしても政治色の強いジガ・ヴェルトフ集団の作品に出演していたことも影響しているでしょう。

とはいえ同時の天才ゴダールの創作意欲をかき立てた存在、女性であったことは事実で、プライベートな彼女は映画の中のイメージとは違う魅力を持った女性だったのでしょう。

映画青年だった大学生の時に観て多大な刺激を受けたゴダールの傑作の一本、「ウィークエンド」からすでに50年が経ったのだと思うと、なんだかとても感慨深いものがこみ上げてきました。

アンナ・カリーナとよく比較されたと思いますが、女優アンヌさんの姿はゴダールの作品とともに生き続けるわけで、選ばれし希有な女優の一人だったということですね。ご冥福をお祈り申し上げます。

 

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週末にでも「ウィークエンド」を見返したくなりました。

韓国映画への熱き思いが詰まった書籍「韓国映画 この容赦なき人生 骨太コリアンムービー熱狂読本」は必読の書!

書籍「韓国映画 この容赦なき人生 骨太コリアンムービー熱狂読本」(鉄人社刊)をようやく購入して読みました。2011年11月に発行されていて、ずっと読みたいと思っていたのですが、なんだかんだと機会を逸していました。そして、この度ようやく購入し、読破しました。

 

韓国映画 この容赦なき人生 〜骨太コリアンムービー熱狂読本〜

 

近年の韓国映画の傑作が詰まった読み応え充分の映画本です。第1章はまず、監督や評論家、俳優たちが32本を熱く解説しています。山下敦弘監督がイ・チャンドン監督「ペパーミント・キャンディー」、竹中直人さんがキム・ジウン監督「悪魔を見た」、宮藤官九郎さんがヤン・イクチュン監督「息もできない」、阪本順治監督がポン・ジュノ監督「殺人の追憶」などなど。皆さんそれぞれが韓国映画に対する熱い思いを語っていて、そういう見方もあるのかと新しい発見もありました。

第2章は映画評論家・塩田時敏さんによる監督論です。「悪い男」のキム・ギドク、「グエムル 漢江の怪物」のポン・ジュノ、「シークレット・サンシャイン」のイ・チャンドン、「オールド・ボーイ」のパク・チャヌクといったビッグ4に加え、イム・サンス、ホン・サンス、386世代のクァク・キョンテク、キム・テギュン、パク・チンピョ、さらにインディーズ出身のリュ・スンワン、新世代のナ・ホンジン、イ・ジョンボムなどなど、主要監督たちをきっちりと取り上げています。

第3章は俳優論で、男優ではソル・ギョング、チェ・ミンシク、ソン・ガンホ、ファン・ジョンミン、キム・ユソクにハ・ジョンウ、さらにウォンビン、チャン・ドンゴン、イ・ビョンホンといった韓国映画にはなくてはならない演技派、スター俳優を紹介。女優はムン・ソリ、チョン・ドヨン、ペ・ドゥナ、イ・ヨンエ、そしてソ・ヨンヒにハン・ヨルムなど、それぞれ代表作とともに解説。

そして第4章は韓国映画を読み解く22のキーワードによる解説が付いています。韓国人の感情爆発や親の絆・血のつながり、上下関係、整形と美、自殺大国、徴兵制についてなど。韓国映画をもっと深く理解し、楽しむためには必読の章となっています。

韓国映画の魅力は何か、なぜこんなに傑作が産み出され、世界からも高い評価を得るのか。監督、俳優たちの映画との向き合い方、腹の括り方がわかり合点がいきます。作家性がありながら、しっかりとエンタテインメントしている凄さ。悔しいかな日本映画は、近年の韓国映画には学ぶものが多いです。観た人のその後の人生に影響を及ぼすほどの衝撃と感動を持っている韓国映画。

まだ韓国映画に足を踏み入れていない方は、この本を読んでから各作品を観るとより楽しめると思います。でも、覚悟して観ることを忠告しておきます。生半可な気持ちで観たら立ち上がれなくなることは約束します。

手に汗握り涙なしには観られないサバイバル・パニックアクション「新感染 ファイナル・エクスプレス」、韓国映画の心意気を目撃すべし!

まわりの映画人の間でも大評判のヨン・サンホ監督の韓国製サバイバル・パニックアクション「新感染 ファイナル・エクスプレス」を観てきました。お見事です。映画ってやっぱり面白いなと改めて思わせてくれる娯楽作でした。面白い映画が続くと、劇場から遠のきかけていた足が再び劇場へ向かいはじめますね。

韓国のアニメ界で注目を集めてきたサンホ監督が初めて手がけた実写長編映画ですが、初の実写長編とは思えないクオリティのの高さです。もちろん、アニメ的な表現、演出が効いているのだと思います。謎のウィルスの感染が発生し、ソウルとプサンを結ぶ高速鉄道の中にも飛び火、そこで引き起こされる恐怖と混沌を、緊迫感と疾走感で描きつつ、次第に涙が止まらない展開へと変貌を遂げる感動作です。ちなみに、前日譚となる物語がサンホ監督の長編アニメ「ソウル・ステーション パンデミック」(9月30日より公開中)で明らかになっているとのこと(こちらはまだ未見です)。

まず、脚本が良くできています。コン・ユ演じる主人公の父娘の関係が冒頭に描かれ伏線を張り、父娘が乗車する高速鉄道の出発間際に様子のおかしい若い女性が飛び乗ってくるところから何かが起こるとにおわせてくれます。そして、社内での爆発的な感染拡大から怒濤の展開となるのですが、父娘の他に、妊婦と夫、高校野球部員と女性マネージャー、身勝手な中年サラリーマン、乗務員など、キャラクターが立った者たちが逃げ、襲われて、それぞれのドラマを展開しながら感染し、見事に死んでいきます。そこに躊躇はなく、それだけに観客は「逃げ切ってくれ!」「お前はやられろ!」と各キャラに感情移入しながらハラハラ、ドキドキさせられっぱなしになるのです。意外な収穫は、妊婦役を演じたチョン・ユミの発見で、その美しさには心を打ち抜かれました。

それはそうと、そんな人間ドラマを盛り上げるのは、B級感を残しつつも感染者や疾走しクラッシュする鉄道シーンの高い映像表現です。感染者たちは気持ち悪いし、恐ろしい迫力で襲って来て絶体絶命と思いきや思わぬ弱点があったりして、観客を飽きさせません。ラスト近くの線路上で飛び重なり連なり追ってくる感染者たちの姿には拍手喝采の思いでした(怖いけど笑えます!)。

高速鉄道に乗り合わせた老若男女のドラマ、腕っ節の強いもの、頭が切れるもの、妊婦、子ども、バットを持った若者と彼女、自分だけ生き残ろうとする嫌な奴といった非常にわかりやすい登場人物たちを要所に配しながら観る側の予想を超える展開を用意している脚本は見事。コン・ユ演じる父親のラストの姿には、子どもを持つ一人の男として涙なしには観られません。

 

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こういったクオリティの高い、面白い映画を次々と作り続けている韓国映画には憧れを抱きつつも嫉妬してしまいます。結局製作費の違いでハリウッド映画には勝てっこないとハナから諦めてしまっているところが日本にはあるかもしれませんが、アイデアと志、そして腹を括って製作すればこれだけのものが作れるのだと韓国映画は証明しています。引用やリメイクを超えた作品をまずは一本作ること。それが大事なのだと思います。ハリウッド大作に少々飽き、違った刺激を求めている方におススメの映画です。

キム・テギュン監督「クロッシング」、過酷な現実を見つめる眼差しと父と息子の思いに胸を掻きむしられる名作

遅い! と突っ込まれそうですが、観なければと思いながらも機会を逸していた韓国映画「クロッシング」(2008年)をようやく観ました。予想以上に胸を掻きむしられる作品で、涙が止まりませんでした。でも、それは傍観者として「北朝鮮の人々」は可哀想ということではありません。妻子を持つ一人の人間として、自分に置き換えて観た時に、とても耐えられないと思ったからです。

この作品は、「火山高」「彼岸島」のキム・テギュン監督が脱北者の過酷な現実を描いた社会派ドラマ。02年3月、脱北者25人がスペイン大使館に駆け込んで韓国亡命を果たした「北京駐在スペイン大使館進入事件」が題材となっています。北朝鮮との友和を図って、脱北者に対し冷淡だったノ・ムヒョン政権下で極秘裏に製作され、イ・ミョンバク大統領に政権交代した後の08年6月にようやく韓国で公開されたという、映画製作・公開自体も苦難の経緯を持っています。

元サッカー選手の主人公ヨンスは、炭鉱で働き、貧しいながらも家族3人でなんとか幸せに生きていましたが、妻が肺結核になったことで生活が一気に困窮してしまいます。飼っていた愛犬を食べ、サッカー選手時代に最高指導者からご褒美にもらったテレビを売って凌ぐも、そのお金も遂に尽き、ヨンスは生活費と治療薬を手に入れるため、妻子を残し、危険を冒して国境を越えて中国へ渡ります。必死に働いて薬を手に入れようとするのですが、その間に妻は死に、息子ジュニは孤児になってしまいます。

こんなことが今の時代に本当に起きているのか、と疑いたくなる物語ですが、これだけでは終わりません。ヨンスはまわりに巻き込まれて韓国に亡命し、北朝鮮に戻れなくなってしまうのです。妻子が生きているのかわからない焦燥感と、自分だけ韓国で「普通に」生きている罪悪感。この苦痛は夫として、親として想像を絶するものだと思います。

孤児になった息子は、お父さんとの再会を信じて一人国境を目指すのですが、捕まって脱北を図ったものが収容される矯正施設に入れられてしまいます。この時のジュニの孤独や不安、寂しさは想像を絶するものでしょう。まだ11歳です。脱北前にお父さんとサッカーをしたシーンがフラッシュバックし、胸が締め付けられます。

それでもなんとか韓国の裏ルートを使ってヨンスは息子の居場所を突き止めて収容所から出し、中国のブローカーを介してモンゴルの国境を越えさせます。しかし、ジュニがモンゴル国境を越えた先は壮大な荒野。さらにヨンスはモンゴルの空港で足止めを食らって探しにいけません。奇跡でも起きない限り、ジュニは助からないでしょう。

ここで私は淡い期待を抱いてしまいます。彷徨うジュニは、モンゴルの遊牧民か親切な人に運良く見つけられて、最後に親子は再会できるのではないかと…。

テギュン監督は徹底して冷徹に現実を見つめて描いています。それでも日本公開を前に来日したテギュン監督は「そのまま表現してしまうのは、映画としても心情的にもつら過ぎる。実際、抑え気味に描いたが、もっと直接的に表現すべきだったかと今も葛藤は続いている」と語っています。なんと現実はもっと辛いのか。

しかし、この作品が傑出している理由の一つは、過酷で悲惨な脱北者の現実を描きつつも、父と息子の愛の物語に昇華しているからでしょう。妻を失ったことはもちろん辛い。しかしそれ以上に、愛する11歳の息子を救えなかった罪悪感は耐えられないでしょう。そして、お父さんを信じて孤独と空腹感に耐えながら微かな希望をもって荒野を彷徨ったジュニの純真な眼差しを目撃した時、観客は何も出来ない自分に怒りさえ覚えるかもしれません。

エンディングロールでは、北朝鮮でのささやかな、幸せだった頃のシーンが流れます。極力現実に忠実に描きながらも、テギュン監督の人間への眼差しはどこかユーモアを感じさせるところがこの作品の救いになっているのかもしれません。

 

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北朝鮮がミサイルを頻繁に発射し、世界の緊張が高まっていますが、このような現実がずっと続いていることを目撃した時に、我々に何ができるのか。日本人拉致問題も未解決のままです。映画の力で世界にこの現実を知らしめることができる。暴力以外で問題を解決できる日はくるのでしょうか。

黒沢清監督の新たなる傑作「散歩する侵略者」、日常に潜む恐怖と世界の終焉を描く黒沢美学を堪能、愛は地球を救うのか!?

黒沢清監督の最新作「散歩する侵略者」を観ました。面白い! また黒沢監督の傑作が誕生しましたね。こんなことが現実に起こったら恐ろしいはずなのに、時に笑えて、手に汗握り、そして私は泣いてしまいました。日本映画でもこんな形でSF映画が作れるんだと、拍手したくなりました。本当にこんなことが現実に起きたら面白いかも、なんて、不謹慎にも想像してしまった自分がいました。

劇作家・前川知大が率いる劇団「イキウメ」の人気舞台が原作なのですが、まさに黒沢清が映画化するにうってつけのテーマ。黒沢監督にこの舞台を映画化しないかと提案したプロデューサーには頭が下がります。なんと地球侵略を目的とした侵略者=宇宙人?が、人間の“概念”を奪いながら不気味に暗躍しはじめ、夫を侵略者に乗っ取られた妻がそれでも愛を貫こうと葛藤する姿を描いていきます。

もうこの設定からして面白い。冒頭から観客を黒沢ワールドに引きずり込むホラーのような展開が炸裂し、ただごとではない異様な日常=世界が描かれることが暗示されます。松田龍平演じる夫は侵略者に人格=頭の中を乗っ取られ、自分が何者であるかはっきりと理解できず、歩くこともままなりません。不仲だったそんな夫の様子を不思議に思いながらも長澤まさみ演じる妻は抱えるように家へ連れて帰ります。

ある日、愛した人が突然別人格になったら、あなたは愛し続けられますか? これは本作の重要なテーマの一つです。以前とは何か違う変わった夫に戸惑いつつも、妻は自分に興味を示し、優しくなっていく夫に再び惹かれていきます。徘徊する=散歩すると怪我したり、空き地や川辺で倒れている夫を心配し、まさに子どもをあやすように手を引いて接するうちに、「侵略された夫」と絆を取り戻していきます。

はじめは妻も信じていないのですが、夫のそんな変化や周囲で起きる不思議な現象の連続に次第に疑問を持ち始め、「地球を侵略しに来た」という夫の衝撃の告白を、意外にも妻は素直に受け止めます。普通なら驚愕し、恐ろしさのあまり泣き叫んでもおかしくないのですが、案外人はこんな反応をするのかもしれないなとも思えました。本当に侵略者が地球を侵略しに来たのなら、狼狽えて慌ててもどうしようもない。男性よりも女性の方が冷静になるのかもしれません。

公開後のトークイベントで黒沢監督が、「鳴海=妻の『いやになっちゃうなあ、もう』というセリフについては、滅多にそういうことをしないんですが、長澤さんが戸惑うといけないので、脚本に“(女優の)杉村春子風に”と初めて書きましたね」と言っているのを読んで、さすが黒沢監督!と納得しました。どこかで聞いたことのある台詞とニュアンスだなと観ている時に思ったのですが、まさに杉村春子さん(『東京物語』の時の台詞か?)だったのです。どこか達観した女性の気の強さや諦め、おかしさや可愛らしさが伝わってくるシーンの台詞です。

世界が侵略されゆく中で、妻が最後に求め、夫=侵略者に与えたものとは何か。そして、それが「侵略者」にどんな変化を及ぼすのか。映画を観て確かめていただきたい。夫婦役を演じた松田さんと長澤さんが素晴らしいです。ジャーナリストを演じた長谷川博己さんも秀逸でした。

 

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黒沢監督は、日常に潜む恐怖を描き続けている監督だと言えます。たとえ侵略者ではなくても、普通の日常が普通でなくなる恐ろしさとおかしさ、そこに巻き起こる世界のゆがみ。信じていたもの、目で観ていたものが真実ではなくなっていくデカダンス。そんな風に観ると、何かをきっかけに明日起こってもおかしくない非日常がすぐそこにあることを気づかせてくれる作品でもあると思います。

名優ハリー・ディーン・スタントンが死去、ヴィム・ヴェンダース監督「パリ、テキサス」の名演は永遠に映画史に残るであろう

名優ハリー・ディーン・スタントンの訃報が飛び込んできました。9月15日、米ロサンゼルスの病院で亡くなったとのことです。享年91歳。ショックです。彼が主演したヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」は大好きな一本です。

砂漠をさまよう男。倒れて口もきかない男にはロサンゼルスに息子がいて、弟に連れ戻されても再び息子とテキサス州の町パリを求めて旅立つのですが、そこには思いがけないにがい再会が待っていて、その町を求める理由が明らかになっていきます……。

ロビー・ミュラーの流麗なカメラ、ライ・クーダーの哀愁の旋律、ロード・ムービーの作家ベンダースの傑作ですが、スタントンが醸し出す孤独や哀愁がこの映画をいっそう孤高の傑作に高めていました。砂漠の真ん中で、乾涸びたような眼差しでさまよう男。人生の目標を見失ったかのようなその表情は、物語が進むにつれて、最愛の妻を失った喪失感からきていることが次第にわかってきます。

マジックミラー越しに妻と会話するクライマックスのシーンは、映画史に残る名シーンと言っても過言ではないでしょう。この映画で私はスタントンを明確に認識しました。

しかし、スタントンは、アレックス・コックス監督の「レポマン」(84年)はもちろん、リドリー・スコット監督の「エイリアン」(79年)、マーク・ライデル監督の「ローズ」(79年)、ジョン・カーペンター監督の「ニューヨーク1997」(81年)、フランシス・フォード・コッポラ監督の「ワン・フロム・ザ・ハート」(82年)、マーティン・スコセッシ監督の「最後の誘惑」(88年)、デビッド・リンチ監督の「ワイルド・アット・ハート」(90年)、ニック・カサベテス監督の「シーズ・ソー・ラブリー」(97年)、ショーン・ペン監督の「プレッジ」(01年)など、私の好きな映画に数多く出演していたのです。

 

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主役でなくても、どんな作品でもその個性で存在感を発揮し、忘れられない名演を残しています。これだけの監督たちに起用され、愛されたスタントンは唯一無二の役者だったことを証明しています。奇しくも今年7月には「パリ、テキサス」の脚本家で俳優のサム・シェパードが亡くなった(73歳)ばかり。また一人素敵な映画俳優を失ってしまいました。ご冥福をお祈り申し上げます。

 

現役復帰を宣言した伝説の映画プロデューサーに改めて「映画製作」とは何かを教わる。映画作りにすべてを賭けられるか決断の時

私がまだ駆け出しの映画記者だったころからお話をうかがっているベテランプロデューサーに、先日久しぶりに話を聞くことが出来ました。ベテランと書きましたが、日本映画界においてはもはや生きる伝説のプロデューサーと言っても過言ではないでしょう。

70歳を超えられてからは若い才能の発掘と育成に注力されたり、自身の制作会社の社長業をされてきたのですが、80歳を前にして映画プロデューサーの現役復帰を宣言されました。何かあったのですかと聞いたところ、プロデューサーとしての勉強が疎かになってしまっているので改めて専念したいと言うのです。歳は関係ないのかもしれませんが、ここにきてのこのバイタリティには頭が下がります。

あまり具体的に書けないのでわかりにくいところはご容赦いただきたいのですが、その方は30代で自身の最初の制作会社を立ち上げて、約7年後に初の長編映画の製作に乗り出しました。大手映画会社ではなく、独立プロダクションですのでいったい製作費はいくらだったのか聞いてみると、なんと4000万円くらいはかけたというのです。70年代当時の4000万円を今に換算すると…7000万円くらいにはなるのでしょうか。

もちろん当時は35㎜フィルム撮影の時代ですから、今のインディ映画よりも制作費がかかるわけですが、それにしても公開劇場や配給会社も決めずにそれだけの制作費をかけて映画を作ってしまう腹の括り方にも頭が下がります。

約40年にわたってその方がプロデュースしてきた映画は、日本映画の歴史の中でも非常に重要な価値を持っています。映画産業が斜陽になっていた時代に若く新しい才能とともに、それまでの日本映画の概念を覆すような意欲的なテーマや作風の作品を数多く手掛け、今のメジャーの日本映画を支える監督や俳優たちを世に送り出してきました。

「プロデューサー主導の作家主義」を貫き通してきたそのプロデュース姿勢には、とても刺激を受けます。映画プロデュースに専念しようか、そのために環境を変えようか、次回作の制作費はいくらか、と思い悩んでいた自分が馬鹿らしくなりました。

 

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人々を感動させる映画を作るには、まず自分の凝り固まった考えや姿勢を変えなければならないのだと痛感した次第です。ただし、映画記者である自分の強みは生かしながら、片手間ではなく、映画作りに命を賭けること、それが出来ないのであれば作るべきではないのだと思います。

ワーナー・ブラザース創立90周年記念傑作コレクション、ギャング映画からイーストウッドまで私の血と肉になっている作品で夢の都ハリウッドの歴史を振り返る

映画のプレスシートやパンフレットを整理していたらワーナー・ブラザースの創立90周年を記念したプレスシートが出てきました。ワーナー・ブラザースは、1923年4月4日にハリー、アルバート、サム、ジャックの4兄弟によって設立され、2013年4月4日に創立90周年を迎えたのです。

1927年に公開された世界初のトーキー映画「ジャズ・シンガー」が驚異的な大ヒットを記録して以来、映画史に輝く数々の名作、傑作を製作し、スタジオとしてのブランドを定着。今日に至るまで優れたエンターテイメントを提供し続けています。現在長編映画で約6800本、そのうち約2000本がDVDとブルーレイでリリースされており、そのライブラリーにはアカデミー賞作品賞受賞作が22本(オスカー史上最多)も含まれています。

プレスシートには、「ジャズ・シンガー」の説明に始まり、
「風と共にさりぬ」(39年)
「オズの魔法使い」(39年)
「カサブランカ」(42年)
「ベン・ハー」(59年)
「燃えよドラゴン」(73年)
「エクソシスト」(73年)
「スーパーマン」シリーズ(78、81、83、87、06年)
「ブレードランナー」(82年)
「ライトスタッフ」(83年)
「グレムリン」(84年)
「グーニーズ」(85年)
「ショーシャンクの空に」(94年)
「マトリックス」シリーズ(99、03年)
「ハリー・ポッター」シリーズ(01、02、04、05、07、08、10、11年)
「ラスト サムライ」(03年)

といった作品がピックアップされています。改めてこうやって振り返ってみると、大好きな作品はワーナー作品に多いことがわかります。

そして、アカデミー賞監督賞に2度輝くクリント・イーストウッド。「ダーティハリー」シリーズ(71、73、76、83、88年)はもちろん、「許されざる者」(92年)、「ミスティック・リバー」(03年)、「グラントリノ」(08年)、「ヒア アフター」(10年)など、ワーナーとイーストウッドの蜜月関係は今もなお続いています。

さらにワーナーと言えばギャング映画。時として正義の味方よりも、アンチヒーローの悪の魅力をスターとともに描いてきました。「犯罪王リコ」(31年)のエドワード・G・ロビンソン、「民衆の敵」(31年)のジェームズ・ギャグニー、「化石の森」(36年)のハンフリー・ボガート、「グッドフェローズ」(90年)のロバート・デ・ニーロ、「ディパーテッド」(06年)のジャック・ニコルソンなど。

忘れてはならないのは、不滅のハリウッド・アイコン、青春のシンボルとなったジェームス・ディーン。わずか24年の生涯で、わずか3本「エデンの東」(55年)、「理由なき反抗」(55年)、「ジャイアンツ」(56年)の映画にしか出演していませんが、激しくも傷つきやすい青年を鮮烈に演じ、ハリウッドを象徴する存在として今も人々の記憶に残っています。

1923年〜59年、60年〜13年までの主な作品と解説があり、90周年記念エディションとして「ジャズ・シンガー」のブルーレイ発売、イーストウッド監督の20フィルム・コレクションブルーレイ、ワーナー傑作50作品と20作品のブルーレイ発売情報が掲載されています。

 

ベスト・オブ・ワーナー・ブラザース 90周年記念50フィルム・コレクション ブルーレイ(数量限定生産) [Blu-ray]

 

夢の都ハリウッドにおいて、90年にわたり多くの傑作を産み出してきた夢のスタジオ。私はワーナー映画に何度涙し、救われ、勇気をもらったことか。時間的余裕があれば、上記の傑作コレクション作品を浴びるように観たいと思うのは私だけではないでしょう。