人間の孤独と愛のさすらいを描いたヴィンセント・ギャロ監督・主演「ブラウン・バニー」は映画への愛とインディペンデント魂に貫かれている

ヴィンセント・ギャロの長編処女作「バッファロー’66」(98年)の誕生は衝撃的でした。まさに頭を金づちで殴られたようなインパクトがあり、新しい才能の誕生を鮮やかに印象づけました。日本では、現在休館中の渋谷のシネクイントのオープニング作品として公開され、ミニシアターの映画ファンだけでなく、ファッションや音楽に敏感な若者にも受け入れられ、ロングランヒットを記録しました。

生まれ故郷の米バッファローを舞台に、刑務所を出所ばかりの男と行きずりの少女の奇妙な関係を、ギャロ独自のエキセントリックな表現で描いた異色のラブストーリー。ギャロが原案・脚本・監督・音楽に加えて主演し、「アダムス・ファミリー」の子役から大人の女性に成長しつつあったクリスティーナ・リッチがヒロインを務め、絶妙な掛け合いを見せました。物語や映像表現だけでなく音楽も素晴らしく斬新で、ギャロの美学が貫かれた傑作です。サウンドトラックも当時すり切れるほど聞いたのを思い出します。

そんなギャロが5年後に完成させた「ブラウン・バニー」(03年)は、さらにギャロのパーソナルな要素が強くなった作品で、静かな悲しみと、内に秘めた激しい愛の情熱に満ちた映像詩で、「バッファロー’66」を遥かに超える衝撃を世界中に与えました。コンペティション部門に出品されたカンヌ国際映画祭では賛否両論を巻き起こしました。

特に、ヒロインを演じたクロエ・セヴィニーとのラストのラブシーンは賞賛とバッシングの嵐となり、観る者の欲望に訴えかけ、観る者の心さえも丸裸にするような感覚に陥ります。要するに好き嫌いが別れる作品と言えるでしょう。「バッファロー’66」好きの信者でさえ賛否がわかれたと思います。

深い悲しみに満ち、激しい愛を求める非常にピュアな作品で、切り取られる映像感覚や音楽はどこか懐かしささえ覚えるノスタルジックなロードムービーでもあります。ギャロにしか撮れない唯一無二の映画であり、映画への愛、インディペンデント魂に貫かれている作品とも言えるでしょう。

ミケランジェロ・アントニオーニ監督やヴィム・ヴェンダース監督作品にも通じるような映画で、人間の孤独と愛のさすらいを噛みしめて欲しい作品です。

 

ブラウン・バニー プレミアムBOX (完全限定生産) [DVD]

 

2003年/アメリカ/90分/ヨーロピアン・ビスタ/SRD
提供:キネティック、レントラックジャパン、トライエム、パイオニアLDC、電通、葵プロモーション
配給:キネティック

スティーブン・ソダーバーグ監督が「ローガン・ラッキー」で映画復帰、「トラフィック」「エリン・ブロコビッチ」「チェ」のような作品をまた観たい!

スティーブン・ソダーバーグ監督の映画復帰作「ローガン・ラッキー」が、11月に日本公開されることが決定しました。26歳の時に撮った「セックスと嘘とビデオテープ」(89年)で衝撃的なデビューを飾って以来、多くの話題作を手掛けてきたソダーバーグ監督。サスペンス「サイド・エフェクト」(13年)をもって劇場映画から引退を宣言していましたが、ソダーバーグ監督の劇場映画を待っていたファンは多いはず。

ハリウッドのヒットメーカーでありながら、ソダーバーグ監督が高い評価を受けるのは、豪華ハリウッドスター競演の「オーシャンズ11」シリーズのような娯楽作から、「トラフィック」「エリン・ブロコビッチ」(ともに00年)といった社会派ドラマ、サスペンスなど硬軟手掛けられる多才さだろう。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞や米アカデミー賞監督賞受賞などがそれを物語っています。

私が中でも好きな作品は、2部作の「チェ 28歳の革命」「チェ 39歳 別れの手紙」(08年)です。ピーター・アンドリュース名義で撮影監督としての手腕も発揮しているソダーバーグ監督のカメラは、まるでチェ・ゲバラやフィデル・カストロたちと革命の最前線にいるかのような錯覚を覚えるほどのリアルさがあり、ドキュメンタリータッチのような語り口に作品に引き込まれてしまいます。チェを演じたベニチオ・デル・トロの熱演も素晴らしかったですね。

私が今手にしているのは「ガールフレンド・エクスペリエンス」(09年)です。当時の現役ナンバー1ポルノ女優サーシャ・グレイを主演に迎えて製作した恋愛ドラマ。意外に思いもしたが、撮影当時の秋に起きたリーマン・ショックによる経済破綻や大統領選にも触れた興味深い内容になっています。

まるでポルノ女優の日常生活に入り込んだような視点で描かれており、覗き見的な要素もありながら、一人の女性の感情に寄り添っていく演出はソダーバーグ節は健在。ファッション、レストラン、アート、SEX、金融、オバマ大統領など、リアルなニューヨークライフが体感でき、ソダーバーグ監督が社会や人間、世界をどのように見ているのかが、本作でも伝わってくると思います。

 

ガールフレンド・エクスペリエンス/バブル [DVD]

 

2009年/アメリカ/シネスコ/ドルビーデジタル/77分
配給:東北新社

視覚的な刺激が得られる押井守監督の「アヴァロン」を観て、自分の現実(フィールド)を疑い、確かめろ!

今年は、士郎正宗さんの人気コミックを押井守監督が映画化したSFアニメの傑作「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」(1995年)がハリウッドで実写映画化され、「ゴースト・イン・ザシェル」というタイトルで公開されました。

改めて押井監督の「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」が世界に与えた影響の強さを知らしめる出来事だったと思います。もちろん、私も押井作品に影響を受けた一人であり、ファンの一人です。初めて「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」を観た時は、そのアニメ表現のリアルさと先進性、95年に時代を先取りしたネット世界の情報と物語の融合、そして哲学的な押井ワールドに圧倒され、何回観たのかもう数えてないほど繰り返し観ました。

私がいま手にしているのは、押井監督の実写作品「アヴァロン」(00年)のパンフレットです。これは堪らず購入しました。この作品は衝撃的に面白かったですね。押井監督がアニメを実写化(『アヴァロン』にアニメ版はないが)するとこんな映像世界になるんだと。それまで味わったことのない感覚を得られました。

パンフレットは縦36.5センチ、横26センチのワイド版で、見事なビジュアルインパクトのある一冊です。

「ここが私の現実(フィールド)だ」

「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」から5年、脚本の伊藤和典さんとともに練り上げられた設定は、仮想戦闘という世界、繰り返される現実と虚構の近未来。まったく新しい異世界が、重量感溢れる街並みやセピアカラーの映像によって描き出されます。観客をいい意味で裏切るような演出で視覚的な刺激を与えてくれます。

仮想戦闘の世界で殺された時の人物の消える表現、爆発した瞬間にカメラが横へ回り込むと物体が平面になっているという発想。私たちが普段見ているもの、既成概念を覆すような数々の表現に驚かされました。

ポーランド、日本、アメリカの精鋭スタッフが押井監督のもとに結集し、ポーランドで2カ月に及ぶオールロケを敢行。迫力あるゲーム内の戦闘シーンは、日本だけでは実現しなかったでしょう。

アニメ的な表現と実写とのデジタル融合。00年に押井監督はすでに挑戦していたのですね。象徴的に使われる押井監督の愛犬もご愛嬌です。

果たして我々は今、現実世界に生きているのか? 現実世界と思い込んでいる世界が実は仮想世界なのではないか? そんな常識が次第に曖昧になり、主人公は戦闘が繰り返される「仮想世界」の中で生きることを選んでいるように見えます。現実と非現実の境界線、繰り返される戦闘、擬体と肉体、意識と存在といったものが押井作品では繰り返し描かれます。

 

アヴァロン Avalon メモリアルボックス [DVD]

 

押井監督が世界をどう捉えて見ているのか、考えているのか。自分のフィールドが果たしてどこなのか、問わずにはいられなくなります。川井憲次さんの音楽も相変わらず素晴らしく、押井ワールドと見事に融合しています。

実写版「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」は、荒木飛呂彦氏の原作世界と三池崇史監督ワールドが化学反応を起こした怪作だ!

何かと話題の映画「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」を観てきました。夏休み作品として8月4日から公開されたのですが、週末興行ランキングで初登場5位。土日2日間で動員11万7000人、興収1億6600万円という期待を下回るスタートを切りました。

原作は、シリーズ累計発行部数1億部を超える荒木飛呂彦氏の大ヒットコミックです。山﨑賢人主演、三池崇史監督で実写映画化という、製作発表時からそのキャスティングなどで、原作ファンからは賛否両論を巻き起こしていました。ふたを開けてみたら公開劇場はガラガラとの評判がSNS上でも吹き荒れていたので、どれだけ原作ファンの期待を裏切る作品になっているのかと確かめにいったのですが、これが意外に良く出来ていたという感想です。

私は世代的に初期の第一部「ファントムブラッド」は読んでいるのですが、今回実写化された第4部の原作はほぼ未読です。しかし、所々は読んだり、情報として原作の世界観や展開については掴んでいるので、そのレベルでの原作の認識で観ても製作陣はマジに実写化に取り組んだことが伝わってきました。

ただ、そのために全体的にダークな作品になっていることは避けられず、うちの娘の「思っていたよりもグロテスクだった」という感想がここまでの興行結果を象徴しているのではないでしょうか。

原作ファンの期待に応えようとすればするほどファミリー向け映画にはならないわけで、かといって幅広い層に受けようとひよると原作ファンから袋だたきにあうというとても難しい素材なわけです。私は充分楽しめたのですが、原作を読んでいない人にとっては、作品世界を理解するのにちょっと時間がかかるかもしれません。

一方で、同じ夏休み作品で大ヒットしている「銀魂」の興行と比べると分かりやすかもしれません。こちらは「週刊少年ジャンプ」連載の空知英秋氏原作による大ヒットコミックを、小栗旬主演、福田雄一監督で実写映画化したもの。7月14日より公開され、週末興行ランキングで初登場2位。土日2日間で動員39万2789人、興収5億4103万2900円を記録する大ヒットスタートを切り、8月13日現在で累計興収は31億円を突破しました。

こちらは原作を読んでいなくても楽しめるファミリー向けの作品になっていたと思います。原作の世界観と福田監督ワールドが見事に融合し、キャスト陣もハマっていて、テンポの良い展開とくだらないギャグで劇場内は笑いが定期的に沸き起きていました。客層を見回しても家族連れが多く観られました。ただ、この作品がいわゆる「映画」かと言われるとちょっと疑問符が付くくらい、新時代の「映画」なのだという捉え方です。

「ジョジョ」は私からするといい意味で三池ワールドが炸裂したぶっ飛んだ映画で、観ていてニヤけてしまうシーンが何度もありました。山田孝之さんと新田真剣佑さんの怪演も見所の一つですね。

 

【早期購入特典あり】ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章 コレクターズ・エディション(メインビジュアル クリアファイル(B6)付) [Blu-ray]

 

両作品とも洋画メジャーのワーナー・ブラザース映画の作品(『ジョジョ』は東宝共同配給)で、日本のアニメを実写化して、世界にも発信していこうとするローカル・プロダクション作品です。ワーナーとしても「ジョジョ」は予想を下回る興行になっていると思いますが、なんとか第二章を製作して欲しいものです。
※興行数字はいずれも興行通信社発表のものを参照。

岩井俊二監督の「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」はいつ観ても新鮮な感動を与えてくれる傑作、新しくアニメ映画化された作品に期待

アニメ映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」が、8月18日から公開されるということで、20数年ぶりに岩井俊二監督のオリジナル作品「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を観ました。

オリジナル作品は、1993年に放送されて、95年に劇場公開もされた名作テレビドラマです。その新鮮で瑞々しい映像表現が好評を博し、岩井監督の「Undo」とともに劇場公開され、元はテレビドラマでありながら日本映画監督協会新人賞を受賞する快挙を成し遂げて、岩井監督の名を一躍世間に知らしめまた作品です。

その作品が20数年の時を経て、「モテキ」の監督・大根仁による脚本、「魔法少女まどか☆マギカ」の新房昭之の総監督でアニメ映画化されたということで、久しぶりに岩井監督の作品を観直したのです。20数年ぶりということでだいぶ細部は記憶が薄れていたこともあって、改めて初めて見たような感覚で観ることができました。

しかし、観ていくうちに記憶は甦ってきて、映画を勉強し始めていた頃、岩井俊二作品に影響を受けた若き日の思い出もこみ上げてきました。やはりいい作品はいつの時代に観てもいいですね。小学生の最後の夏休み、少年の好きな人への淡く切ない思いが映像から伝わってきます。

今はもう岩井監督に影響を受けた世代が真似をしたりして演出のスタンダードになっているかもしれませんが、93年当時としては、岩井監督のある種斬新なカメラワークや映像美、子供たちのリアルな演出、物語展開の面白さなどがとても新鮮に映りました。誰もが持っていた子供の頃の純真な心が、岩井俊二マジックによって思い出が再現されたようでした。

 

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? [DVD]

 

ヒロインを演じた奥菜恵のかわいらしさと美しさは今観ても輝いています。主人公の少年を演じた山崎裕太のピュアな演技も素晴らしいですね。果たしこの名作ドラマがどんな風にアニメ化されたのか。歳をとっても世界は少年の頃のように見えるのか? 楽しみです。

 

アメリカン・ドリームを成し遂げたシルベスター・スタローンの「ロッキー」は、生きる勇気を与えてくれる必見シリーズだ

人生の壁に打ち当たったり、苦しいことがあったりすると決まって頭をよぎる映画の一本が、「ロッキー」です。これ以上の悪いことはない、落ちるところまで落ちた、後は這い上がるだけだ。それを証明するためには最後までリングの上に立っていること。自分の存在を確かめるため、そして愛する人のためにも。

1976年のこの作品は、無名だったシルベスター・スタローンを一躍大スターにし、アメリカン・ドリームを成し遂げた主人公の姿とも重なって、世界中の人々の共感を得て大ヒットしました。当時まだ赤ん坊の私はもちろんリアルタイムに劇場では観ていませんが、物心がつく頃にも繰り返しテレビでパロディが演じられていたのを覚えています。

そして、テレビの映画枠で初鑑賞。恐らく何度目かの再放送だと思うのですが、子供ながらに手に汗握りながらロッキーの勇姿に涙しました。うだつの上がらないチンピラボクサーが、ある女性との出会いによって覚醒し、ラッキーなチャンスをつかんで、愛を証明するためにも、自分の存在を証明するためにも、周囲の協力を得ながら自分の限界に挑戦します。

もはや勝つことが目的ではなく、人生を諦めずに最後までリングに立っていること。それが証明できれば、人生をやり直せると気づくのです。

ポルノ俳優のバイトもしていたという噂もある売れない無名のスタローンが、あるボクシングの試合に感化されて、3日3晩で脚本を書き上げたと言われています。脚本を買い取るのはまだわかりますが、そんな無名の俳優を主役に起用する決断をした製作陣に脱帽です。物語はもちろん、映画製作そのものがアメリカン・ドリームを成し遂げるためのものだったのかもしれません。

監督のるジョン・G・アビルドセンは、今年6月16日(現地時間)、すい臓がんのため米ロサンゼルスで他界しました。81歳でした。訃報を受け、スタローンがインスタグラムに投稿したアビルドセン監督へのコメントは必読です。

「ロッキー」シリーズはこれまでに6作製作されました。15年には新たな物語「クリード チャンプを継ぐ男」も製作されている名作シリーズとなっています。個人的には、映画に目覚めた頃、思春期の時に観た「ロッキー4 炎の友情」(86年)は何度観て涙し、身体を動かしたことかわかりません。

今手元には完結編「ロッキー・ザ・ファイナル」(06年)のプレスシートがあります。シリーズのすべてが凝縮されたような一冊です。世代交代、変わらぬ友情と愛、思い出、新たなる挑戦、ネバー・ギブアップ…時代時代に合わせたシリーズの名シーンが甦ってきます。

スタローンは一俳優にとどまらず、監督・脚本も手掛けてその才能を発揮し、「ランボー」シリーズ、「エクスペンダブルズ」シリーズなど、数々の名作・傑作を生み出し続けています。

未見の方はいないと思いますが、もしまだ観ていない方がいるならば、男女問わず是非観て欲しいシリーズです。諦めず挑戦し続ければ必ず道は開ける、そんな風に人生を豊にしてくれる一本になること間違いなしです。あのメインテーマが頭に流れてきました。

 

ロッキー ブルーレイコレクション(6枚組) [Blu-ray]

 

「ロッキー・ザ・ファイナル」
2006年/アメリカ/1時間43分/ビスタサイズ/SR・SRD/DTS
配給:20世紀フォックス映画

小津安二郎監督と共に日本映画の黄金期を築いた伝説的な脚本家・野田高梧によるシナリオ創作論「シナリオ構造論」は必読の名著

「晩春」「麦秋」「秋刀魚の味」「東京物語」など、小津安二郎監督の代表作を担い、日本映画の黄金期を築いた伝説的な脚本家・野田高梧によるシナリオ創作論「シナリオ構造論」(フィルムアート社)を読みました。「構造」から映画を考える、シナリオ創作の代表的な入門書で、1952年に発刊(宝文館出版)されたものの復刻版です。半世紀を経た現代でも読み応えのある名著です。

 

シナリオ構造論

 

改めて映画の企画開発を進めるにおいて、やはりシナリオ開発の重要性を痛感しているので大変勉強になりました。半世紀前にすでにこのようにシナリオの構造について野田氏がわかりやすくまとめていたのを確認して、ああ、やはりこのように論理的に整理してシナリオを執筆していたんだなと。小津監督独自の映画の文法だけでなく、野田氏のそうした考えが物語構成の根底にあったんですね。

今では当たり前なところもありますが、改めて「映画の発生」から「映画の文法」「独創性の基礎」、概論として映画とは何か、「映画美」「文学性」「大衆性」「倫理性」について述べられています。

そして、その基本として「虚実の真実」「事実の整理」「映画の特性」、シナリオの「位置」や「技法」、文章について、「時制の問題」「長さの問題」について説明。構成として、「題材」「テーマ(主題)」「ストーリー(筋)」「プロット(はこび)」「コンストラクション(構成)」を示し、局面として劇的な「局面の発生」や「構成の原則」「発端」「ファースト・シーン」「葛藤」「危機」「クライマックス」「結末」を挙げます。

さらにシナリオ的構成、シナリオの視覚性、映画的話術の特徴、「性格の問題「性格描写」「性格の発展と変化」「人物の数」「心理の具象化」、そして「結論」について具体的に言及し、野田氏独自の考えをまとめています。

映画シナリオの文学(小説)との違い、映画製作の設計図となる重要性とそれだけの役割にとどまらず、映画的表現を記せるものとして、「映画的な考え」がシナリオ執筆時には重要であることなどが記されています。

小津監督は「映画に文法などない。いい映画が誕生すれば、それが映画の新しい文法になる」といった趣旨の発言をしていたのをある関連本で読んだのを思い出します。カメラを低く据えた独自のアングルと台詞回しなど、特徴的な映画スタイルで世界的に評価されている小津作品ですが、シナリオ作家・野田氏との共作によって確立されていたのですね。

日本だけでなく、世界でも共感される映画を生み出した2人の意図が垣間みられた気がしました。久しぶりに作品を見返したくなりました。

キム・ギドク監督「悪い男」を観ればあらゆる“常識”が覆される! 人を愛するとは一体どういうことなのか、映画とは何なのか確かめて欲しい

韓国映画界の異端児、キム・ギドク監督は、その衝撃的な物語展開と暴力的な描写などから、常に物議を醸す一方で、新作への期待が高い現代監督の一人でしょう。非常にパーソナルで、性的な嗜好や人間の暴力性、奇形的な愛、死生観を描き、映画作家として独自のポジションを築いています。

私が初めて見た作品は、日本初上陸の「魚と寝る女」(00年)でした。水と女性と魚というモチーフから独特な表現で物語を展開し、女性の陰部(陰毛)を暗喩したラストシーンには衝撃を受けたのを覚えています。

私がこれまでに観たギドク作品で最も心をかき乱されたのは、「悪い男」(02年)と「うつせみ」(04年)です。「悪い男」は、無口なヤクザと女子大生の壮絶な愛を描いた異色のラブストーリーです。街中のベンチに腰掛ける清楚な女子大生に一目惚れしますが、女子大生は侮蔑の視線を男に向け、彼氏の元に行ってしまうのですが、男は強引に女子大生の唇を奪って、街はパニックに陥ります。

この観る者の度肝を抜く展開。さらに男は罠を仕掛け、女子大生を自分の仕切る売春宿に連れてきてしまいます。なんて悪い男なのでしょう。女子大生もそれを知って脱走するのですが、連れ戻されて次第に売春宿の日常に染まっていきます。男は一切話さず、娼婦となった女子大生をマジックミラー越しに見守るだけ、この屈折した愛情は異常ですが、いつしかそんな男が愛らしく見えてきてしまったのは私だけでしょうか。

もちろん女子大生は最初は男を拒絶し続けますが、娼婦となってからは愛憎や2人の関係が逆転。マジックミラー越しに見守られていることに気づいた女子大生は徐々に男の一途な愛を意識していきます。人を愛するとは、人に愛されるとはいったいどういうことなのか? 観ているこちらの常識が覆されていきます。

そして、ある事件をきっかけに男は女子大生を最初のベンチに送り届けるのですが、なぜか女子大生は男の元に戻り、2人は売春で金を稼ぎながらトラックに乗って共に暮らしていくのです…。男と女の関係はどんなに愛し合っても謎です。お互いに完全に理解し合うことはできないでしょう。

 

悪い男 [Blu-ray]

 

しかし、この2人の関係を見た時に、誰にも入り込むことの出来ない愛情を感じたのも確かです。男がたった一度だけ発する声を聞いた時、なぜか私は涙がこぼれました。キム・ギドクが見ている世界を見た時、私たちの常識を疑うことになります。同時に映画の常識も覆されるでしょう。

人気漫画を実写化した日本映画に辟易している方に是非観て欲しいです。「うつせみ」についてはまたの機会に語りたいと思います。

独自の映画ジャンルを確立したウディ・アレン! 「それでも恋するバルセロナ」ではスカーレット、ハビエル、ペネロペがロマンス・コメディで競演

ニューヨークを舞台にした3つのストーリーから成るオムニバス映画「ニューヨーク・ストーリー」の一篇は観ていましたし、その才能、名声と評価は知っていましたが、なぜか学生時代は食わず嫌いだったウディ・アレン。ニューヨークを舞台にした、知的で小粋な映画は楽しめないと思っていたのだと思います。

しかし、私も年齢を重ね、少しは人生の酸いも甘いも知ったということで、2011年の「ミッドナイト・イン・パリ」を観ました。オーウェン・ウィルソン、レイチェル・マクアダムス、マリオン・コティヤールら豪華スターが顔を揃えた作品で、パリと映画の魔力を上手く融合したラブコメディでした。

それから「ギター弾きの恋」(99年)、「マッチポイント」(05年)、そして「それでも恋するバルセロナ」(08年)と見始めました。アレン独特な語り口ですが、非常に映画的な表現を駆使していると思います。

時代によって、主演に起用する女優さんが、ダイアン・キートン、ミア・ファロー、スカーレット・ヨハンソン、エマ・ストーンと入れ替わるのは才能ある監督のご愛嬌ですが、ウディ・アレンという独自の映画ジャンルを確立していると思います。

いま手にしているプレスシート「それでも恋するバルセロナ」は、ヨハンソン、ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルスを主演にスペインで撮影したロマンス・コメディ。4人の大人の恋愛関係を、才能ある俳優たちがアレンワールドで魅力的に生き生きと競演しています。男と女、欲望と恋愛感情など、人間関係の機微を繊細にウィットに富んで描ける数少ない映画作家のひとりですね。

しゃべりまくるところはたまに傷ですが、自身が出演する「ボギー!俺も男だ」(72年)や、「アニー・ホール」(77年)、「マンハッタン」(79年)も映画的な作品でした。最近ではケイト・ブランシェットと初タッグを組んだ「ブルージャスミン」が面白かったですね。ちょっと知的な会話劇を楽しみたい方にアレン作品はオススメです。

 

それでも恋するバルセロナ [Blu-ray]

 

2008年/アメリカ=スペイン/カラー/1時間36分/ヴィスタサイズ/ドルビーデジタル
配給::アスミック・エース

「突然炎のごとく」の仏女優ジャンヌ・モロー、「パリ、テキサス」脚本のサム・シェパードが相次いで逝去

7月下旬、偉大な映画人が続けて亡くなったので、記しておかねばなりません。フランスの大女優ジャンヌ・モローと、アメリカの劇作家で俳優のサム・シェパードです。相次ぐ訃報は残念でなりません。

ジャンヌは、フランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」(62年)や「黒衣の花嫁」(68年)、ルイ・マル監督「死刑台のエレベーター」(58年)などの映画で世界的な評価を得た、60年代のフランスのヌーベルバーグ全盛期を象徴する女優です。

ミステリアスで、猫のように気難しく、強い自我を持ち、だけど美しく魅惑的な女性を演じさせたら右に出るものはいないほど、「ジャンヌ・モロー」という女優のジャンルを確立した人でした。そんなところが男性からだけでなく、女性からも憧れる存在となったのだと思います。

「突然炎のごとく」の時のカトリーヌ役は、自由奔放で、2人の男を翻弄する様は、映画を観ているこちらも振り回されているようでした。笑っていたかと思えば突然怒り、泣き出したり、天然そうでありながら冷静に異性との関係を分析していたりして。その表情、瞳、皺の一本一本まで女優だったと言えるのではないでしょうか。

ジョゼフ・ロージーやオーソン・ウェルズ、ルイス・ブニュエルといった名監督たちの作品でも活躍。歳をとってもその魅力は失われず、リュック・ベッソン監督の「ニキータ」(90年)でも元気な姿を見せ、近年は祖母役や老女などを演じ貫禄を示していました。1928年生まれの89歳でした。

 

突然炎のごとく Blu-ray

 

サムは、私の中では何と言ってもヴィム・ヴェンダース監督「パリ、テキサス」(84年)の脚本家として尊敬する作家でした。70年代にイギリスのロンドンに渡って、演劇界で脚本や演出を手掛ける一方、俳優としても活動。74年にアメリカに帰国し、79年の戯曲でピュリッツァー賞を受賞。「ライトスタッフ」(83年)ではアカデミー賞助演男優賞にノミネートされました。

 

パリ,テキサス コレクターズ・エディション(初回生産限定) [Blu-ray]

 

近年も「マグノリアの花たち」(90年)、「ブラックホーク・ダウン」(01年)、「8月の家族たち」(13年)など数々の映画に出演し、渋みのあるいい味を出していました。現代アメリカ人の生活の裏にある闇を描き出す才能に秀でていました。1943年生まれの73歳でした。

映画界はまた偉大な才能を失うなったわけですが、2人の作品は残っていますので、久しぶりに見返したいと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。