小津安二郎監督と共に日本映画の黄金期を築いた伝説的な脚本家・野田高梧によるシナリオ創作論「シナリオ構造論」は必読の名著

「晩春」「麦秋」「秋刀魚の味」「東京物語」など、小津安二郎監督の代表作を担い、日本映画の黄金期を築いた伝説的な脚本家・野田高梧によるシナリオ創作論「シナリオ構造論」(フィルムアート社)を読みました。「構造」から映画を考える、シナリオ創作の代表的な入門書で、1952年に発刊(宝文館出版)されたものの復刻版です。半世紀を経た現代でも読み応えのある名著です。

 

シナリオ構造論

 

改めて映画の企画開発を進めるにおいて、やはりシナリオ開発の重要性を痛感しているので大変勉強になりました。半世紀前にすでにこのようにシナリオの構造について野田氏がわかりやすくまとめていたのを確認して、ああ、やはりこのように論理的に整理してシナリオを執筆していたんだなと。小津監督独自の映画の文法だけでなく、野田氏のそうした考えが物語構成の根底にあったんですね。

今では当たり前なところもありますが、改めて「映画の発生」から「映画の文法」「独創性の基礎」、概論として映画とは何か、「映画美」「文学性」「大衆性」「倫理性」について述べられています。

そして、その基本として「虚実の真実」「事実の整理」「映画の特性」、シナリオの「位置」や「技法」、文章について、「時制の問題」「長さの問題」について説明。構成として、「題材」「テーマ(主題)」「ストーリー(筋)」「プロット(はこび)」「コンストラクション(構成)」を示し、局面として劇的な「局面の発生」や「構成の原則」「発端」「ファースト・シーン」「葛藤」「危機」「クライマックス」「結末」を挙げます。

さらにシナリオ的構成、シナリオの視覚性、映画的話術の特徴、「性格の問題「性格描写」「性格の発展と変化」「人物の数」「心理の具象化」、そして「結論」について具体的に言及し、野田氏独自の考えをまとめています。

映画シナリオの文学(小説)との違い、映画製作の設計図となる重要性とそれだけの役割にとどまらず、映画的表現を記せるものとして、「映画的な考え」がシナリオ執筆時には重要であることなどが記されています。

小津監督は「映画に文法などない。いい映画が誕生すれば、それが映画の新しい文法になる」といった趣旨の発言をしていたのをある関連本で読んだのを思い出します。カメラを低く据えた独自のアングルと台詞回しなど、特徴的な映画スタイルで世界的に評価されている小津作品ですが、シナリオ作家・野田氏との共作によって確立されていたのですね。

日本だけでなく、世界でも共感される映画を生み出した2人の意図が垣間みられた気がしました。久しぶりに作品を見返したくなりました。

キム・ギドク監督「悪い男」を観ればあらゆる“常識”が覆される! 人を愛するとは一体どういうことなのか、映画とは何なのか確かめて欲しい

韓国映画界の異端児、キム・ギドク監督は、その衝撃的な物語展開と暴力的な描写などから、常に物議を醸す一方で、新作への期待が高い現代監督の一人でしょう。非常にパーソナルで、性的な嗜好や人間の暴力性、奇形的な愛、死生観を描き、映画作家として独自のポジションを築いています。

私が初めて見た作品は、日本初上陸の「魚と寝る女」(00年)でした。水と女性と魚というモチーフから独特な表現で物語を展開し、女性の陰部(陰毛)を暗喩したラストシーンには衝撃を受けたのを覚えています。

私がこれまでに観たギドク作品で最も心をかき乱されたのは、「悪い男」(02年)と「うつせみ」(04年)です。「悪い男」は、無口なヤクザと女子大生の壮絶な愛を描いた異色のラブストーリーです。街中のベンチに腰掛ける清楚な女子大生に一目惚れしますが、女子大生は侮蔑の視線を男に向け、彼氏の元に行ってしまうのですが、男は強引に女子大生の唇を奪って、街はパニックに陥ります。

この観る者の度肝を抜く展開。さらに男は罠を仕掛け、女子大生を自分の仕切る売春宿に連れてきてしまいます。なんて悪い男なのでしょう。女子大生もそれを知って脱走するのですが、連れ戻されて次第に売春宿の日常に染まっていきます。男は一切話さず、娼婦となった女子大生をマジックミラー越しに見守るだけ、この屈折した愛情は異常ですが、いつしかそんな男が愛らしく見えてきてしまったのは私だけでしょうか。

もちろん女子大生は最初は男を拒絶し続けますが、娼婦となってからは愛憎や2人の関係が逆転。マジックミラー越しに見守られていることに気づいた女子大生は徐々に男の一途な愛を意識していきます。人を愛するとは、人に愛されるとはいったいどういうことなのか? 観ているこちらの常識が覆されていきます。

そして、ある事件をきっかけに男は女子大生を最初のベンチに送り届けるのですが、なぜか女子大生は男の元に戻り、2人は売春で金を稼ぎながらトラックに乗って共に暮らしていくのです…。男と女の関係はどんなに愛し合っても謎です。お互いに完全に理解し合うことはできないでしょう。

 

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しかし、この2人の関係を見た時に、誰にも入り込むことの出来ない愛情を感じたのも確かです。男がたった一度だけ発する声を聞いた時、なぜか私は涙がこぼれました。キム・ギドクが見ている世界を見た時、私たちの常識を疑うことになります。同時に映画の常識も覆されるでしょう。

人気漫画を実写化した日本映画に辟易している方に是非観て欲しいです。「うつせみ」についてはまたの機会に語りたいと思います。

独自の映画ジャンルを確立したウディ・アレン! 「それでも恋するバルセロナ」ではスカーレット、ハビエル、ペネロペがロマンス・コメディで競演

ニューヨークを舞台にした3つのストーリーから成るオムニバス映画「ニューヨーク・ストーリー」の一篇は観ていましたし、その才能、名声と評価は知っていましたが、なぜか学生時代は食わず嫌いだったウディ・アレン。ニューヨークを舞台にした、知的で小粋な映画は楽しめないと思っていたのだと思います。

しかし、私も年齢を重ね、少しは人生の酸いも甘いも知ったということで、2011年の「ミッドナイト・イン・パリ」を観ました。オーウェン・ウィルソン、レイチェル・マクアダムス、マリオン・コティヤールら豪華スターが顔を揃えた作品で、パリと映画の魔力を上手く融合したラブコメディでした。

それから「ギター弾きの恋」(99年)、「マッチポイント」(05年)、そして「それでも恋するバルセロナ」(08年)と見始めました。アレン独特な語り口ですが、非常に映画的な表現を駆使していると思います。

時代によって、主演に起用する女優さんが、ダイアン・キートン、ミア・ファロー、スカーレット・ヨハンソン、エマ・ストーンと入れ替わるのは才能ある監督のご愛嬌ですが、ウディ・アレンという独自の映画ジャンルを確立していると思います。

いま手にしているプレスシート「それでも恋するバルセロナ」は、ヨハンソン、ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルスを主演にスペインで撮影したロマンス・コメディ。4人の大人の恋愛関係を、才能ある俳優たちがアレンワールドで魅力的に生き生きと競演しています。男と女、欲望と恋愛感情など、人間関係の機微を繊細にウィットに富んで描ける数少ない映画作家のひとりですね。

しゃべりまくるところはたまに傷ですが、自身が出演する「ボギー!俺も男だ」(72年)や、「アニー・ホール」(77年)、「マンハッタン」(79年)も映画的な作品でした。最近ではケイト・ブランシェットと初タッグを組んだ「ブルージャスミン」が面白かったですね。ちょっと知的な会話劇を楽しみたい方にアレン作品はオススメです。

 

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2008年/アメリカ=スペイン/カラー/1時間36分/ヴィスタサイズ/ドルビーデジタル
配給::アスミック・エース

「突然炎のごとく」の仏女優ジャンヌ・モロー、「パリ、テキサス」脚本のサム・シェパードが相次いで逝去

7月下旬、偉大な映画人が続けて亡くなったので、記しておかねばなりません。フランスの大女優ジャンヌ・モローと、アメリカの劇作家で俳優のサム・シェパードです。相次ぐ訃報は残念でなりません。

ジャンヌは、フランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」(62年)や「黒衣の花嫁」(68年)、ルイ・マル監督「死刑台のエレベーター」(58年)などの映画で世界的な評価を得た、60年代のフランスのヌーベルバーグ全盛期を象徴する女優です。

ミステリアスで、猫のように気難しく、強い自我を持ち、だけど美しく魅惑的な女性を演じさせたら右に出るものはいないほど、「ジャンヌ・モロー」という女優のジャンルを確立した人でした。そんなところが男性からだけでなく、女性からも憧れる存在となったのだと思います。

「突然炎のごとく」の時のカトリーヌ役は、自由奔放で、2人の男を翻弄する様は、映画を観ているこちらも振り回されているようでした。笑っていたかと思えば突然怒り、泣き出したり、天然そうでありながら冷静に異性との関係を分析していたりして。その表情、瞳、皺の一本一本まで女優だったと言えるのではないでしょうか。

ジョゼフ・ロージーやオーソン・ウェルズ、ルイス・ブニュエルといった名監督たちの作品でも活躍。歳をとってもその魅力は失われず、リュック・ベッソン監督の「ニキータ」(90年)でも元気な姿を見せ、近年は祖母役や老女などを演じ貫禄を示していました。1928年生まれの89歳でした。

 

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サムは、私の中では何と言ってもヴィム・ヴェンダース監督「パリ、テキサス」(84年)の脚本家として尊敬する作家でした。70年代にイギリスのロンドンに渡って、演劇界で脚本や演出を手掛ける一方、俳優としても活動。74年にアメリカに帰国し、79年の戯曲でピュリッツァー賞を受賞。「ライトスタッフ」(83年)ではアカデミー賞助演男優賞にノミネートされました。

 

パリ,テキサス コレクターズ・エディション(初回生産限定) [Blu-ray]

 

近年も「マグノリアの花たち」(90年)、「ブラックホーク・ダウン」(01年)、「8月の家族たち」(13年)など数々の映画に出演し、渋みのあるいい味を出していました。現代アメリカ人の生活の裏にある闇を描き出す才能に秀でていました。1943年生まれの73歳でした。

映画界はまた偉大な才能を失うなったわけですが、2人の作品は残っていますので、久しぶりに見返したいと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。

セルジオ・レオーネ監督、ロバート・デ・ニーロ主演「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」は映画の魔法が詰まったノスタルジックな傑作

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」。昔々、アメリカで…。
セルジオ・レオーネ監督によるこの作品は、私が映画の道を歩むことを決定付けた一本です。ノスタルジー、バイオレンスとエロス、友情と愛、ノワール、記憶…、その極めて映画的な映像とドラマ、俳優陣、衣裳と美術、そしてエンニオ・モリコーネの音楽など、すべてが「映画」であると、当時中学生の私の頭を撃ち抜きました。

初めて観たのはテレビ朝日の日曜洋画劇場だったでしょうか。亡くなった映画評論家・淀川長治さんがあの独特なしゃべり口で解説していたのを思い出します。当時まだ映画の系譜についてよくわかっていなかった私は、ロバート・デ・ニーロが出演しているということで観たのだと思います。しかし、今思えばよくこの作品を地上波で放送したなと思いますね。

私は1920年代のマンハッタン・ロウアー・イースト・サイドを再現したウィリアムバーグ橋を背景に、幼少期の主人公たちが笛を奏でながら歩くシーンを観た瞬間に、この映画の世界に取り込まれてしまいました。当時のマンハッタンを知るわけがないのに、なぜか懐かしい風景だと感じ、こんな風に当時を再現してしまう映画の力に圧倒されました。

20世紀初頭にユダヤ人移民によって作られた結社「モッブス」の男たちの盛衰をバイオレンスとともに描いてはいるのですが、仲間との友情と裏切り、友だちの妹への淡い恋と失恋、切ない思い出などがノスタルジックに描かれた大人の寓話です。

レオーネ監督は、「ギャングスターに思いを馳せる人たちのために作った。現代文明の根幹をなす“犯罪の中における人間性と暴力”が最大のテーマになっている。語りたいすべてを語ったつもりだ」と語っています。「荒野の用心棒」(64年)といった、ハリウッド製西部劇に挑むかのような壮絶なバイオレンスのマカロニ・ウェスタンで名声を得たレオーネ監督の「青春のオマージュ」です。

店裏の物置部屋でバレエを踊るジェニファー・コネリー演じるデモラに恋をし、それを覗き見る少年ヌードルスの目が少女と合って一瞬隠れて戻った時には大人になったデ・ニーロになっていたり、裏切られたヌードルスが駅のロビーにある鏡を覗いた次の瞬間に年老いたデ・ニーロになっているというこの映画的なマジックには痺れます。しかも名曲「イエスタデイ」が流れます。

デ・ニーロはもちろん、親友マックスを演じたジェームズ・ウッズ、デボラの少女時代を演じたジェニファーと成人したデボラを演じたエリザベス・マクガバン、トリート・ウィリアムズ、チューズデイ・ウェルド、バート・ヤング、ジョー・ペッシ、ウィリアム・フォーサイス、ジェームズ・ヘイデン、ダーラン・フリューゲルという素晴らしいキャストが名演を見せています。

プレスシートは、当時わざわざ通信販売で購入しました。中に透かしページがある豪華な作りで、場面写真も素晴らしく、写真集を超えた、一生手元に残しておきたいプレスシートです。「映画とは何か」を思い出させてくれる傑作です。映画に興味を持った方は是非見て欲しい映画です。

 

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ エクステンデッド版(初回限定生産/2枚組) [Blu-ray]

 

1984年/アメリカ映画/205分/カラー
提供:東宝東和

ジョン・ウー監督の映画美学、壮大な感動ドラマとスペクタクルを堪能できる「レッドクリフ」2部作

ジョン・ウーと言えば「男たちの挽歌」(86年)ですが、そのウー監督の集大成と言える作品は2部作の「レッドクリフ PartⅠ」(08年)、「レッドクリフ PartⅡ 未来への最終決戦」(09年)ですね。ウー監督版三国志のこの2部作は世界各国で記録的な大ヒットとなりました。

構想18年、総製作費100億円、そのうち10億円の私財をウー監督自ら投じたという渾身のビッグ・プロジェクト。エキストラとして召集された現役人民軍兵士はなんと1000人以上、騎馬隊のために用意された馬は200頭で、VFXは「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのスタッフによって1000カ所以上施されたという破格のスケールのスペクタクル巨編です。

キャストもトニー・レオン、金城武、チャン・フォンイー、チャン・チェン、ヴィッキー・チャオ、フー・ジュン、リン・チーリンなど、アジアを代表するビッグスターたちが豪華共演しました。

アクションとドラマ、俳優、技術力が見事に融合し、ラストの赤壁(レッドクリフ)の戦いは圧巻の迫力です。アクションに偏ってしまうのではなく、そこにしっかりと感動のドラマが描かれているのがウー監督作品の真骨頂。まさにウー監督の全てをかけた映画。

しかも中国国内だけに向けた作品ではなく、「勇気」「友情」そいて「愛」をテーマに、世界中の映画ファンが堪能できるアドベンチャー大作に仕上がっており、ハリウッドを超えた作品と言っても過言ではないでしょう。ウー監督は、度々日本映画の影響を受けていると語っていますが、今回も黒澤明監督の傑作「七人の侍」を参考にしていると明かしています。

「男たちの挽歌」の斬新で独特な映像美は“香港ノワール”と称され、香港映画の新しいジャンルを確立し、世界をあっと言わせ、その才能と成功を引っさげて「ハード・ターゲット」(93年)でハリウッド・デビューを飾りました。続く「ブロークン・アロー」(96年)を大ヒットさせ、「フェイス・オフ」で世界的な成功を得ます。そして、「M:I-2」(00年)は世界中で約660億円もの興収を記録しました。そんなウー監督が久しぶりに中国に戻って手掛けたのがこの「レッドクリフ」2部作なのです。

アクションとドラマが融合したアジア映画の底力を堪能できる作品で、この作品が世界で大ヒットしたことは大変意味のあることだと思います。描き尽くされた感のある三国志の物語を、ウー監督独特な映画美学で描き切り、映画の素晴らしさを堪能できる作品です。

 

レッドクリフ Part I & II ブルーレイ ツインパック [Blu-ray]

 

2008年・2009年/アメリカ、中国、日本、台湾、韓国/35ミリ/145分・144分/シネスコサイズ/ドルビーデジタル
提供:エイベックス・エンタテインメント、東宝東和、テレビ朝日、Yahho!JAPAN、朝日放送、メ〜テレ、北海道テレビ、九州朝日放送、新潟テレビ21
配給:東宝東和、エイベックス・エンタテインメント

母親や故郷への愛が詰まったジャ・ジャンクー監督の「山河ノスタルジア」、大切なものに気づかせてくれる叙事詩

ジャ・ジャンクー。世界三大映画祭すべてで受賞を果たしたその名前は、私の中ではすでに伝説化していたので、まさか自分がインタビューする機会に恵まれるとは思いもしませんでした。

第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された「山河ノスタルジア」で16年4月公開を前に来日。初めて生でお会いした監督は、とても小柄で、大勢のスタッフを率いて映画を製作する監督には見えませんでした。インタビューをしてみるとまた、とても物腰が柔らかく、控えめな感じで、質問に対しとても真摯に答えてくれました。

 

山河ノスタルジア [DVD]

 

デビュー作「一瞬の夢」(98年)から一貫して、市井の人々の目線に立ち、「中国のいま」を描き続けてきたジャンクー監督。「山河ノスタルジア」は、中国の片隅で、別れた息子を思って独り故郷に暮らす母親と、異国の地で母の面影を探している息子の強い愛を描いたもの。1999年から2025年まで、過去、現在、未来へと変貌する世界と、それでも変わらない市井の人々の思いに迫った壮大な叙事詩です。

ユー・リクウァイが撮影した圧倒的な映像美と、胸を震わせる半野喜弘の哀愁のメロディー、そして、ジャンクー作品のミューズ、チャオ・タオ、リャン・ジンドン、チャン・イー、ドン・ズージェン、シルヴィア・チャンといった実力派俳優たちの存在感が一体となり、観る者を深い感動へ誘います。香港映画を観て育った私などは、シルヴィア・チャンが出て来ただけで涙が止まらなくなりました。

2000年に入るあたりから急速な経済発展を遂げていく一方で、格差は広がり、ある者は故郷を去り、ある者は留まり、次第に家族は離散していき、移民の問題や、異国の地で暮らす次世代はアイデンティティを喪失していきます。

夢や希望を抱けていた90年代後半、ペット・ショップ・ボーイズの「GO WEST」に合わせて若者たちが楽しそうに踊るシーンには胸が熱くなりますし、時代や社会に翻弄された母と息子の別離を経て、異国の地で自分の存在とは何なのかと黄昏れる息子の姿と、ラストシーンで故郷の空き地で雪が舞う中、息子を思いながら静かに踊る母親の姿の過去との対比は、深く心に残ります。

失ってはいけないものの大切さに気づかせてくれる作品です。


2015年/中国=日本=フランス/125分/DCP
提供:バンダイビジュアル、ビタース・エンド、オフィス北野
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野

映画愛に溢れたデイミアン・チャゼル監督の「ラ・ラ・ランド」、ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンの掛け合いもステキな傑作ミュージカル

ちょっとここで取り上げるには早い作品かもしれませんが、8月2日にDVDが発売されるということで、「ラ・ラ・ランド」について書きたいと思います。説明するまでもありませんが、本年度アカデミー賞で最多6部門受賞、ゴールデン・グローブ賞歴代最多7部門受賞の傑作です。

もちろん、賞を獲っているから傑作ということではありません。この映画を観た時、「ああ、やっぱり映画っていいな」「夢を追い求めるっていいな」「女性を愛するっていいな」と思いました。ミュージカル仕立てで、映画でしかできない表現、素晴らしい音楽とダンス、そしてライアン・ゴズリング、エマ・ストーンという魅力的なキャストによる映画的なラブストーリー。

冒頭のワンシーンワンカット(実際にはわからないようにカットを割っているらしい)による圧巻のミュージカルシーンから一気に作品世界に引きずり込まれてしまいます。夢の街ロサンゼルスで好きなジャズを思い切り演奏できる店を出したいピアニストの男と、映画スタジオ内のカフェで働きながら女優を夢見る女が出会うという、ある意味古典的な設定ではあるのですが、「セッション」(14年)で高い評価得たデイミアン・チャゼル監督は、そんな話を魅惑的に描き出します。

日本人にとっては違和感のある突然のミュージカルシーンも、見事にドラマの中に融合させ、人生とはまさに歌とダンスだと思ってしまうほどの効果を発揮しています。色使いもカラフルで、往年のミュージカル映画やラブストーリー映画にオマージュを捧げた作り方も映画ファンには堪りません。

愛する女性のために夢を諦めようとする男と、男の夢を支えようとしつつも自分の夢を諦め切れない女。次第に2人はすれ違い、一方が夢を実現させていく。数年後に再会した2人の選択は、果たして正しかったのか…。ラストの2人が交わす視線にはニヤリとさせられます。

プレスシートは、表紙がピアノの鍵盤がデザインされていてパステルな配色がオシャレ。ページをめくるとイントロダクションやストーリーが五線譜の紙の上に書かれていて作品世界を反映した凝った作りとなっています。場面写真もふんだんに掲載されていて、劇中の歌の歌詞の訳やロケーションマップが付いているのも心憎い配慮です。

愛する人と出会った時、世界は美しい色を増し、そして夢に向かって自分を解き放った時、自分のイマジネーションや才能が世界を変えられるのだと思わせてくれる作品です。サントラの各曲が耳から離れなくなる、映画愛に満ちたこの映画をブルーレイ&DVDで観直したいと思います。

 

ラ・ラ・ランド コレクターズ・エディション スチールブック仕様(初回限定生産)(2枚組) [Blu-ray]

 

2016年/アメリカ/128分/カラー/シネスコ/5.1ch/デジタル
提供:ポニーキャニオン、ギャガ
配給:ギャガ、ポニーキャニオン

小泉今日子の演技に鳥肌が立つ、豊田利晃監督の「空中庭園」は刹那的な傑作

空からナイフの雨が降ってきた時、もの凄い才能が日本映画界に現れたなと実感しました。インディ映画は綿々と作り続けられたいましたが、どこかヌルく、頭ひとつ抜け出てくる才能に出会えずにいました。そんな時、「ポルノスター」(98年)でまさにナイフのような切れ味で豊田利晃監督が出現しました。

ヤクザ狩りをする正体不明の青年とチンピラとの奇妙な交流を描いたストリートムービーで、脚本も豊田監督が手掛けています。演じる千原浩史と鬼丸の存在感と緊張感が絶妙で、今にも殺し合いそうな関係は秀逸でした。何に対するものなのかは明確ではないのですが、千原が内に秘めた「怒り」を体現しています。

観る側も血を流すような痛みを覚える作品ですが、98年当時の時代や空気感を反映していたのだと思います。その鋭い感性がナイフの雨となって振ってきたのです。

そして、豊田監督は02年に傑作青春映画「青い春」を生み出すわけですが、ずっと男性を主人公に描いてきた豊田監督が、初めて女性を描くことに挑戦したのが、「空中庭園」(05年)です。

同作は、直木賞作家・角田光代の第3回婦人公論文芸賞受賞の同名小説が原作です。東京郊外のダンチという現代的な舞台装置において、家族とは、孤独とは、愛とは、といった普遍的なテーマを、原作とはひと味違った豊田監督独自の視点で描き出しました。

主人公の主婦・絵里子を演じた小泉今日子はこの作品の演技によって女優としての実力を決定づけたと言っても過言ではないでしょう。自分で作った家族を自分の手で守ろうとすればするほど家族は崩壊していき、孤独になっていく様が絵里子の笑顔と対比されて恐ろしくなっていきます。

隠し事をしないという家族のルールに固執し、ガーデニングというベランダの空中庭園に一人の世界を作って笑顔を維持していた主婦。コンビニで雑誌を読んでいた絵里子が不意に振り返った時の素の冷めた表情には、女性の本心を垣間みたようで戦慄を覚えるとともに、切ない思いになりました。

家族(子供)とは何か、他人(夫)との愛情とは何か、どんな関係を築いても人間は孤独なのだという刹那的な絶望感がこの作品を傑作にしています。

プレスシートは白地ベースの冊子タイプで、場面写真とともに豊田監督の美学が感じられるバラやタンポポ、チューリップの写真が挿入されていて、センスを感じるものになっています。

まだ豊田作品を観たことない方は、まずは「青い春」を観て、この「空中庭園」、そして「ポルノスター」と観ると面白いかもしれません。新作が待たれる監督のひとりです。

空中庭園 特別初回限定版 [DVD]

 

2005年/1時間54分/ヴィスタサイズ/ドルビーSR
製作:リトルモア、ポニーキャニオン、衛生劇場、朝日放送、カルチュア・パブリッシャーズ、アスミック・エース エンタテインメント
製作プロダクション:フィルムメイカーズ
配給:アスミック・エース

ティム・バートン監督独自のイマジネーションで実現した摩訶不思議なファンタジー世界「アリス・イン・ワンダーランド」に迷い込んでみては?

ルイス・キャロルの小説「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」が実写映画化されたら面白いだろうなと、漠然と夢想していた中高生の頃(80年代後半〜90年代前半)。それから約20年後にハリウッドで映画化されると聞いて心躍り、監督がティム・バートンと知って期待はさらに高まりました。

アリスのその後の冒険を描いた「アリス・イン・ワンダーランド」(2010年)はその期待を裏切らない作品です。オリジナル・ストーリーの本作は摩訶不思議な世界へ我々を誘ってくれます。

 

アリス・イン・ワンダーランド MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]

 

実写映像とモーション・キャプチャーの融合により、バートンの奇想天外なイマジネーションとアリスの世界が見事に映像化されています。「世界はもう、マトモではいられない…。」というコピーがなんとも素晴らしい。

19歳になったアリスが、白うさぎを追いかけて穴に落ち、アンダーランドと呼ばれるワンダーランドに迷い込んでから、まるで観ている我々もワンダーランドに迷い込んだ錯覚に陥ります。白うさぎの他に、トウィードルダムとトウィードルディー、チェシャ猫、ハートの女王など、お馴染みのキャラクターたちがさらに狂気を帯びて動き回る様に拍手したくなります。

キャストも素晴らしいですね。アリスを演じたミア・ワシコウスカ、マッドハッターのジョニー・デップ、赤の女王のヘレナ・ボナム=カーター、白の女王のアン・ハサウェイなど。アリスを待ち受けていた元帽子職人のマッドハッターのいっちゃってる感はデップにしか演じられないし、異常に頭の大きい赤の女王を演じたヘレナの暴君ぶりは最高です。

夢で観たら恐らくうなされるであろう世界で、ファンタジーでありながらどこか歪んだ狂気を帯びているのがバートン作品の真骨頂です。私がバートン作品の中で一番好きなのが「シザーハンズ」(90年)です。人造人間エドワードが主人公の切ないファンタジーで、フランケンシュタイン的な古典的なストーリーをバートン流にアレンジし、人々からの差別と、愛する人を抱きしめたいのに抱きしめられない切ない思いが観る者の胸を熱くさせる傑作です。この時、エドワードを演じたのがバートンとずっとコンビを組んでいるデップですね。

バートンは、善悪が混在するような世界観と独特の美的感性、摩訶不思議な世界を鋭い映像で表現できる他にはいない監督です。「アリス」でも撮影のダリウス・ウォルスキー、視覚効果のケン・ラルストン、衣裳デザインのコリーン・アトウッド、音楽のダニー・エルフマンなどの才能が、ディズニー・スタジオとともにバートンの世界を実現させました。

プレスシートは、マッドハッターのグリーンが表紙で、中身はワンダーランドのビジュアルやキャラクターが満載。白の世界と赤の世界にわかれ、メインキャラクターを説明し、「アリス」に関する深い情報や製作裏話(プロダクション・ノート)が掲載されています。

映画でしか表現できない世界、ちょっとおかしいバートンとデップの世界を味わいたい方にオススメです。本当に自分がアンダーランドに迷い込んだらと夢想しただけでぞくっとしますね。


提供:ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ
ロス・フィルムズ、ザナック・カンパニー、チームトッド プロダクション
2010年/アメリカ映画/カラー
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ・ジャパン