THE YELLOW MONKEYの復活ツアーに松永大司監督が密着したドキュメンタリー映画「オトトキ」の鑑賞にはハンカチを手に!

第30回東京国際映画祭開催中(10月25日〜11月3日)にドキュメンタリー映画「オトトキ」を観ました。この作品は、15年ぶりに再集結したロックバンド、THE YELLOW MONKEYが2016年に行ったツアーに密着しながら、「イエモン」の活動休止から再集結の真実に迫ろうとするもの。

イエモンを聴いて青春時代を過ごした世代の者としては、曲がかかるたびに鳥肌が立ち、涙が込み上げてきてしまう作品でした。92年にメジャーデビューし、「SPARK」「JAM」「太陽が燃えている」「楽園」「BURN」「球根」など、数々のヒット曲を生み出した伝説のバンドです。

98年から99年にかけては合計113本のツアーを1年がかりで実施し、延べ55万人を動員する人気を誇りましたが、01年1月で活動を休止。その後も休止状態のまま、04年に解散を発表しました。この時のことについては13年のドキュメンタリー映画「パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE」で描かれています。

解散から12年、16年1月8日にTHE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016を発表し、全42公演、36万人動員のツアーで見事な復活を遂げました。

なぜイエモンは解散したのか? については「パンドラ」で描かれています。メジャーとなったバンド活動の葛藤、伝説のツアーを成功させた後の枯渇感、さらにはボーカル&ギター吉井和哉のプライベートな葛藤まで迫っています。メジャーとして成功する苦しみと、本当にやりたいこととの狭間でもがき苦しみ、いかに新しい作品(曲)を生み出すことが喜びでもあり、苦しみでもあるのかが伝わってきました。人気絶頂だった頃のテレビ番組から決して伝わってこないイエモンの素の姿に迫った素晴らしいドキュメンタリー映画でした。

そして、彼らの2作目のドキュメンタリー映画となる「オトトキ」では、吉井がなぜメンバーの音を再び求めたのかに迫っています。監督・撮影は「ピュ〜ぴる」(11年)、「トイレのピエタ」(15年)の松永大司がてがけています。松永監督の視点でイエモンに寄り添いながら、イエモン復活ツアーの高揚感とともに、吉井をはじめとしたバンドメンバーの解散と復活に対する心情を引き出しています。

 

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11月11日(土)より新宿バルト9ほかで全国公開されます。イエモンファンはもちろんですが、彼らの曲をリアルタイムで聴いていない若い世代も全身でノれて心で泣ける体感型映画になっていますのでおススメです。

観る者を摩訶不思議な世界へ誘うフランシス・フォード・コッポラ監督の異色作「コッポラの胡蝶の夢」は一見の価値有り

フランシス・フォード・コッポラ監督と言えば、「ゴッドファーザー」3部作や「地獄の黙示録」ですが、コッポラが2007年に撮った「コッポラの胡蝶の夢」はまた映画的な世界観を描いた、観る者を摩訶不思議な世界へ誘う作品です。

「レインメーカー」(97年)以来映画の撮影現場から離れていたコッポラが10年ぶりに製作・監督・脚本を手掛けた作品で、現代ルーマニア文学の巨匠ミルチャ・エリアーデが著した「若さなき若さ」が原作です。人生の最終章に再生する魂を得た一人の男の数奇な運命を描いています。

主演は「レザヴォア・ドッグス」(92年)や「海の上のピアニスト」(99年)のティム・ロス。本作では26歳から101歳までの主人公を演じています。ヒロインはルーマニア出身のアレクサンドラ・マリア・ララで、「ベルリン・天使の詩」(87年)のブルーノ・ガンツが脇を固め、「レインメーカー」に出演したマット・デイモンがカメオ出演しています。

言語学者の主人公は孤独な死を待つだけの日々に耐え切れずに自殺を決意するのですが、復活祭の夜に落雷が直撃し、奇跡的に一命をとりとめた主人公は肉体と頭脳が驚異的に若返り、超常的な知的能力を発揮し、かつて愛した女性と生き写しの女性に出会うというもの。主人公がヨーロッパを旅する幻想奇譚となっています。主人公が若返っていくという設定は、ブラッド・ピット主演の「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(09年)と同じですが、本作の方が先に製作されています。

プレスシートの中でコッポラは、本作では小津安二郎監督のスタイルを踏襲したと明かし、カメラは全編にわたって動かさずに撮影するという意欲的な作品です。第二次世界大戦、ナチスの台頭、ソ連の支配という激動の歴史を背景にしていて、全体的に暗いトーンの作品になのですが、当時のコッポラ監督の精神状態、頭の中を描き出しているようで大変興味深い作品です。

 

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他に青春映画の「ランブルフィッシュ」「アウトサイダー」(83年)や、「コットンクラブ」(84年)、「タッカー」(88年)、「ドラキュラ」(92年)といった幅広い作品を手掛けているコッポタ監督。父カーマインは作曲家、妹タリア・シャイアは女優、息子ローマンはと娘ソフィアも映画監督、甥は俳優のニコラス・ケイジという芸能一家のコッポラ一族。コッポラ監督の他の作品とは異なる一面が見られる異色作品は一見の価値有りです。

世界最恐の映画監督に迫る書籍「黒沢清の全貌」、何を考え世界をどのように見ているのか!?黒沢清監督の頭の中を探求する

「散歩する侵略者」という新たな傑作を生み出した、世界最恐の映画監督に迫る書籍「黒沢清の全貌」(文藝春秋)を読みました。まさに円熟期に入った黒沢清監督が何を考えながら映画を監督しているのか、徹底解剖し、その一端が垣間見える貴重な内容となっています。

四部構成で、第1部は最新作「散歩する侵略者」について、作家・宮部みゆきさんと対談しています。宮部さんは「黒沢監督の映画には終始不穏な空気が漂っています」と、そしてその「不穏さにどうしようもなく惹かれてしまう」と述べています。私もなぜかその「不穏な空気」に惹かれてきた一人です。この「不穏な空気」「不穏な世界」こそが黒沢清監督の頭の中を解読するキーワードではないでしょうか。

第2部は遡って、「LOFT」(05年)、「叫」(06年)、「トウキョウソナタ」(08年)について。蓮實重彦さん、イザベル・ユペールさんらとの対談や、西島秀俊さんのインタビューなどが掲載されています。さらに、「散歩する侵略者」や「クリーピー 偽りの隣人」(16年)の撮影現場の設計図が掲載されていて、黒沢監督がいかに計算して撮影しているかがわかる貴重な資料となっています。

第3部は「贖罪」(11年)、「リアル 完全なる首長竜の日」(13年)、「岸辺の旅」(14年)について。作家・阿部和重さんの「岸辺の旅」論は秀逸で、黒沢清作品に面白い角度から切り込んでいます。また、映画祭についてのエッセイや脚本書き日記なども掲載され、黒沢監督が「帰宅好き」であることも明かされています。

そして第4部は「クリーピー」について脚本家・高橋洋さんと対談、「ダゲレオタイプの女」についてはインタビューに答え、「若い男女の恋愛と犯罪を撮りたい欲望」を述べています。

黒沢監督は自分の作品を見直すことがほとんどないそうです。確かイタリアの巨匠、フェデリコ・フェリーにもほとんど見直さないと語っていたような気がします。黒沢監督はある部分で非常に緻密に計算ずくで脚本を書き、演出している一方で、こちらが思っていたほど深くは考えず、狙いもなく撮っているようなことを言っているのですが、それはどちらもそうなのかもしれません。

黒沢監督はまた、「常に無節操に映画をつくってきた」とも述べています。この無節操とは、黒沢の中にある様々な欲求を表現しているのかもしれません。しかし、無節操に見えても最終的にはどの作品も黒沢清作品になっているところが、今の世界的な評価につながっている理由ではないでしょうか。映画的な記憶を飄々と作中に散りばめながら映画ファンの心をくすぐりつつ、そこに黒沢清独自の世界を同居させてしまう恐ろしさ。

映画とは何かを知り尽くした上で、新たな境地を切り開こうとする作品に鳥肌が立たずにはいられません。まるで「散歩する侵略者」に出てくる宇宙人のごとく、普通の人間とは違う視点でこの世界を見ているのではないでしょうか。黒沢清監督の頭の中をこれからも作品とともに探求していきたと思います。若き頃に長谷川和彦監督についていたこともとても重要な歴史ですね。

 

「MASTER マスター」「密偵」が連続公開! 韓国映画のスターの魅力と新旧監督の確かな演出力が堪能できる2作品

韓国映画の「MASTER マスター」が11月10日より、と「密偵」が11月11日より続けて日本で公開されます。「MASTER マスター」は、イ・ビョンホンとカン・ドンウォン、キム・ウビンが共演したノンストップ・クライムアクション・エンターテインメント。「密偵」は、ソン・ガンホ、コン・ユ、イ・ビョンホンが共演したサスペンス巨編です。

2作品とも韓国映画の新たな底力を感じさせる作品。実話をもとに韓国犯罪史上最大の金融投資詐欺事件の全貌を描いた「MASTER マスター」は、大スターのビョンホンが極悪非常な犯罪者をカリスマ性たっぷりに演じて新たな魅力を発揮。そこにカン・ドンウォン、キム・ウビンというスターが激突し、迫力のアクションと巧妙な心理戦を展開。現代社会が抱える闇にも切り込んだストーリーで観る者を惹き付ける娯楽作になっていて、長編3作目のチョ・ウィソク監督が、海外ロケを交えた壮大なスケール感で観客を飽きさせません。韓国で観客動員715万人を超える大ヒットを記録しました。

日本統治下の1920年代を背景に、韓国映画史上に残る究極の秘密諜報描いた「密偵」は昨年、韓国で観客動員750万人を超える大ヒットを記録。第89回アカデミー賞外国語映画賞韓国代表にも選ばれました。ソン・ガンホが朝鮮人の日本警察部を演じ、見事な日本語を披露。義烈団を率いるリーダーにはコン・ユ、そして義烈団の団長にイ・ビョンホンが特別出演し、圧倒的な存在感を放っています。ソン・ガンホとイ・ビョンホンが劇中で対峙するシーンには痺れました。また、日本の俳優、鶴見辰吾さんが日本警察の重要な役で出演しており、韓国俳優陣に負けない存在感を放っているのも見所です。「悪魔を見た」(10年)で世界中を震撼させたキム・ウジン監督の確かな映画演出には下を巻きます。

 

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ハリウッド映画にも劣らない娯楽作から重厚な時代劇まで、この2本を続けてみればまた韓国映画の本気度が堪能できると思います。ベテランから若手まで役者の魅力だけでも楽しめますし、ストーリーはもちろん細部にこだわった技術の高さも楽しめる作品になっています。

様々な映画的記憶が詰まったSF映画の金字塔「ブレードランナー」、新たな傑作誕生との呼び声が高い新作「ブレードランナー 2049」が間もなく公開!

「ブレードランナー 2049」がいよいよ10月27日より公開されます。ひと足お先の全米では大ヒットスタートとはなりませんでしたが、映画業界や鑑賞者の評価はかなり高いようです。元々1982年公開の前作「ブレードランナー」も公開後にカルト的な人気を徐々に博して傑作SF映画になったことから、新作の初動の興行成績もこれでいいのかもしれません。

ということで、復習のために「ディレクターズカット ブレードランナー 最終版」を観直しました。リアルタイムで観ていない世代の私は、VHSもしくはテレビ放送で最初に観たと思うのですが、改めてブルーレイの高画質で観ると、さらにその映像の素晴らしさに驚嘆しました。

このバージョンは、ハリソン・フォード演じる主人公デッカードのナレーション、バイオレンス描写、そしてハッピーエンディングが削除され、一角獣の神秘的な映像が追加されています。なるほど最初に観たオリジナル版と比べると確かにすっきりした印象を持つと同時に、より余韻の残る作品に変化したように思います。

2019年ロサンゼルスの荒廃した未来都市、降り続く酸性雨、レプリカントと呼ばれる人造人間、空飛ぶ車、日本やアジアの電子広告など、35年前に作られたとは思えないクオリティと創造力で今観ても色あせることはありません。闇と光の映像表現が見事で、基本的には闇の中の世界に光が差しているといった方がいいでしょうか。

ブラインド越しの光が当たるデッカードの顔、外のライトが周期的に差し込む暗い屋内、久々の太陽(?)の光に照らされるショーン・ヤング演じるレプリカント、レイチェルの美しい顔、ルトガー・ハウアー演じるレプリカントの青い瞳としたたる汗や涙、そして雨を絶妙に映し出す光と、シド・ミードによる美術、造形の素晴らしさはもちろんのこと、映画的な光と闇の表現がこの作品をSF映画の金字塔にしているのだと思います。

また、今回観直して印象に残ったのは、やはりヴァンゲリスの音楽です。あのメインテーマが流れると、自然と心が踊ります。また、対照的なスローな曲がハードボイルド感を高めています。フォード演じる捜査官デッカードが着ているトレンチコートの姿には「カサブランカ」「三つ数えろ」などのハンフリー・ボガートの記憶が重なるし、白いハトはその後のジョン・ウー映画に継承されるなど、映画的な記憶とつながって様々な見方ができる作品です。

 

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まだ「ブレードランナー」を観たことがない方は、是非観てから新作「ブレードランナー 2049」を観ていただきたい。確実に映画の見方が変わる、人生の記憶に残っていく稀な作品だと思います。

熟成感漂うオダギリジョーの役作り、日本・キューバ合作の阪本順治監督「エルネスト もう一人のゲバラ」は今の時代だからこそ観るべき映画だ!

「この世の外へ クラブ進駐軍」(03年)、「人類資金」(13年)に続き、阪本順治監督とオダギリジョーが3度目のタッグを組んだ日本・キューバ合作映画「エルネスト もう一人のゲバラ」を観ました。オダギリジョーさんの役者としてのさらなる熟成を味わえる作品です。

2017年は、キューバ革命の歴史的英雄チェ・ゲバラが、1967年10月9日にボリビア戦線で39歳の若さで命を落としてから没後50年となります。そのボリビア戦線でゲバラと共に抵抗運動に身を投じ、志を貫いて殉じていった日系二世の若い戦士の鮮烈な、知られざる生涯を描いています。書籍「革命の侍 チェ・ゲバラの下で戦った日系2世フレディ前村の生涯」が原案で、オダギリジョーさんはこのフレディ前村ウルタードを演じています。

私もゲバラの生き様には感銘を受けた一人ですので、彼の生涯について勉強し、スタィーブン・ソダーバーグ監督の「チェ 28歳の革命」「チェ 39歳 別れの手紙」(08年)や、ウォルター・サレス監督の「モーターサイクル・ダイアリーズ」(04年)などを観ましたが、あの激動の時代を共に駆け抜けた日系人がいたことは知りませんでした。ゲバラからファーストネーム「エルネスト」を授けられ、戦士名「エルネスト・メディコ(医師)」と呼ばれ、ボリビアの山中で25歳で散ったとのこと。

 

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オダギリジョーさんは役作りのために、約半年間でスペイン語(フレディの生まれ育ったボリビアのベニ州の方言)をマスターし、体重を12キロ減量し、さらに肌も褐色に日焼けして見事に革命の侍を演じています。こういった役ですと違和感を感じさせてしまうキャスティングもよくあるのですが、作品の世界にしっかりと染まっていて、国際的に活躍するオダギリジョーさんの映画俳優としての役者魂を感じました。

作品自体は、激動の時代を描いてはいますが、フレディがボリビア戦線に身を投じていくまでと、ゲバラの活動が同時平行にとてもどっしりと描かれていきます。私が印象的だったのは、オダギリジョーさん演じるフレディがゲバラに「その自信はどこからくるのですか?」と問うと、「怒っているからだよ。でも、その怒りは憎しみではない」といった台詞です。なぜ革命に身を投じたのか。その理由が少しわかったような気がしました。

阪本監督はいつもそうなのですが、劇的に盛り上げられそうなシーンもあえてさらっと描きます。そこがちょっと物足りなく、肩すかしを食らったりするのですが、今回もフレディが殺される場面が映画のピークになるようにはなっていませんでした。ソダーバーグ監督とはまた違う、ドキュメンタリー的な要素おも取り入れながらフレディの生涯を丁寧に描こうとしています。日本人の血を引く者の「祖国」への思いが観る者の心に迫ってきました。

日本の監督が、日本の俳優を使って、海外でここまでの映画が作れるようになったのだと、とても誇らしく思いました。ゲバラ好きの人はもちろん、知らない世代の人にも、人生に行き詰まっている人にも是非観て欲しい作品です。10月6日から公開中です。

「雨」のシーンが印象的なお気に入り映画は? 「ブレードランナー」「セブン」「七人の侍」など雨を効果的に描いている映画は傑作が多い

雨の日が続いています。雨の日が続くとやっぱりちょっと憂うつな気分になるのは私だけでしょうか。でも、映画で「雨」と言えば、やはり何と言っても、
・「雨に歌えば」

そして他にも、
・「シェルブールの雨傘」(64年)
・「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」(09年)
・「きみに微笑む雨」(09年)
・「黒い雨」(89年)
・「雨月物語」(53年)

タイトルに「雨」が入ってなくても、
・「七人の侍」(54年)
・「ショーシャンクの空に」(94年)
・「となりのトトロ」(88年)
・「言の葉の庭」(13年)
・「きみに読む物語」(04年)
・「ティファニーで朝食を」(61年)
・「ピアノ・レッスン」(93年)
・「セブン」(95年)
といった作品での雨のシーンが印象的です。他にもたくさんありますが。

 

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そして、いよいよ10月27日より新作が公開される「ブレードランナー」(82年)でしょう。この作品の雨はその後の映画に多大な影響を与えたと思います。新作「ブレードランナー 2049」は早くも傑作と評判を高まっています。

雨というシチュエーションは、映画的とても画になるシーンです。ここにあげた作品以外にも雨のシーンが印象的なものはありますが、気分が憂うつになった時こそこれらの映画を観て欲しいですね。私も久しぶりに「セブン」が観たくなりました。

 

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「最愛の子」を製作したピーター・チャン監督の真摯な思いに感銘、映画を撮ることの意義も教えてくれる、愛のヒューマン・ミステリー

香港のピーター・チャン監督の「最愛の子」(14年)は、現代中国で頻発している児童誘拐事件をテーマに、親が子を思う「至上の愛」と、子が親を慕う「無垢な愛」を描いたヒューマン・ミステリーです。子どもを持つ者としては、このような事件に巻き込まれたらと思うと、観ていていたたまれない気持ちになり、涙があふれてきました。

 

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しかし、「君さえいれば 金枝玉葉」(94年)、「ラヴソング」(96年)といったコメディや泣けるラブストーリーから「ウォーロード/男たちの誓い」(07年)などのアクション大作までを手掛けてきたヒットメイカーであるチャン監督が、このような社会問題を扱った作品を作るとは、観るまでちょっと意外な気がしていました。でも、中国国内では公開されるや大ヒットを記録し、社会に反響を巻き起こして、誘拐された子どもを買う親も重罪とする刑法改正を実現させてしまったというではないですか。映画の力ですね。

日本公開を前に来日したチャン監督にインタビューをする機会を得たのですが、実際に会ってみるとなんだか大学の教授のような物腰で、真摯に真っ直ぐに目を見据えて質問に答えてくれました。中国では、年間20万人もの子どもが行方不明になっていると言われ、08年3月に誘拐された男の子が、3年後に両親の元に帰ってきた実際の誘拐事件が基になっているというのです。現代中国が抱える「拡大する経済格差」や「一人っ子政策」(15年10月で廃止)などの問題をあぶり出し、観る者の良心を揺さぶる作品です。

でも、このような敏感な社会問題を扱った映画を中国で製作することは、中国政府による脚本の検閲や制約があり、やはり容易ではなかったとのこと。それでもチャン監督は「映画人が自粛してはいけない。撮りたいもの、描きたいものがあるのなら、自分に対して誠実であるべきだ」といった言葉が心に刺さりました。日本では考えられない事件ですが、北朝鮮による拉致事件は実際に起きているわけです。

これまで英国領だった香港の物語、中国のアイデンティティー、異国の地での香港人の心情、歴史アクションなどを描いてきたチャン監督。娯楽作を作っていても常に社会的なテーマを作品に反映させてきたように思います。「ラヴソング」は私も好きな一本です。

「最愛の子」は少々重いテーマではありますが、映画としての起伏(ハラハラ、ドキドキ)に富んだ面白さもしっかりとあるのはさすがチャン監督。そこに人気女優のヴィッキー・チャオをキャスティングし、彼女がノーメイクで母親を演じているのも見所の一つとなっています。韓国の女優もそうですが、映画に臨むこういった女優の姿勢は日本ももっと見習わなければなりませんね。

チャン・イーモウ監督と女優コン・リーの伝説のコンビが8年ぶりに復活した「妻への旅路」、中国映画史に思いを馳せると感慨深い

監督チャン・イーモウと女優コン・リーのコンビと言えば、映画史に残る数々の名作を生み出してきた名コンビですが、その2人が久々に組んだ2014年の作品「妻への家路」のプレスシートが出てきました。第67回カンヌ国際映画祭特別招待された作品で、アン・リー監督が絶賛し、スティーヴン・スピルバーグが泣いた作品です。

 

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1977年に中国の文化大革命が終結し、20年ぶりに解放された夫が妻の待つに家に戻ると、心労のあまり妻は夫の記憶のなくしていました。そして、帰らぬ夫を駅に迎えにいく妻の寄り添い、夫の隣で妻はひたすら夫を待ち続けるという、切ない夫婦の愛の物語が描かれます。

夫の記憶を失ってしまう妻をコン・リー、他人として妻に記憶を取り戻してもらおうと奮闘する夫を、中国最高の俳優とイーモウ監督が評する「HERO」(02年)などのチェン・ダオミンが味わい深く演じています。文化大革命に引き裂かれて20年、ようやく愛する妻の元に返って再会したのに、その妻が自分の記憶だけ失っているなんて、こんな切ないことがあるでしょうか。

私も新しい中国映画の底力を実感した「紅いコーリャン」(87年)や「秋菊の物語」(92年)、「初恋のきた道」(00年)などの傑作を生み出してきた伝説のコンビが8年ぶりに復活して完成した本作。中国の時代に翻弄された夫婦の愛の物語に胸が締め付けられる思いになりますが、それに加えてイーモウ監督がコン・リーを主演に映画を撮ったということでも感慨深い思いがこみ上げてくる作品です。

「紅いコーリャン」であの真っ赤な夕陽に照らされたコン・リーも50歳となりましたが、スクリーンの中の彼女はいつ観ても美しい。また、イーモウ監督がこれまでとは違った新しいコン・リーをフィルムに焼き付けています。そして、名優チェン・ダオミンが円熟味を増した演技で作品を支えています。

上海出身のアメリカ華僑作家であるゲリン・ヤンの「陸犯焉識」が原作で、反共産党員として逮捕され、労働思想改造に送られて、過酷な肉体労働を強いられて帰ってきた男が夫なわけです。単なる夫婦の愛の物語ではなく、1957年に毛沢東が発動した反右派闘争が実はさりげなく背景に描かれていて、中国の闇が根底にあるのです。

日本人とは違う苦難を味わった中国人夫婦の切ない愛の物語に涙するするもよし、イーモウ監督とコン・リーのコンビ復活作を堪能するもよし、中国の歴史や映画史に思いを馳せてみるとより味わい深い作品だと思います。

四方田犬彦先生の著書「日本映画史110年」は必読! この日本映画史を知らずして映画を語り作るなかれ!

大学時代のゼミの教授でもある四方田犬彦先生の著書「日本映画史110年」(集英社新書)を久しぶりに読み返しました。いや、2000年刊行の「日本映画史100年」を読んで以来なので、新たな論考を加えて14年に刊行されたこの増補改訂版は初めてということになります。

 

日本映画史110年 (集英社新書)

 

読みながら映画について必死に勉強しはじめていたあの頃を思い出しました。一度は頭に入れた日本映画史も改めて本書を読んでいると新たな発見がありました。というか改めて四方田先生の論考の鋭さを味わい、その的確なまとめ方に学ぶ喜びを感じました。

最初に日本映画の特徴について語られ、続いて年代順にわけて日本映画の歴史がわかりやすくまとめられています。活動写真(1896〜1918)、無声映画の熟成(1917〜30)、最初の黄金時代(1927〜40)、戦時下の日本映画、植民地・占領地における映画製作、アメリカ占領下の日本映画(1945〜52)、第二の全盛時代へ(1952〜60)、騒々しくも、ゆるやかな下降(1961〜70)、衰退と停滞の日々(1971〜80)、スタジオシステムの解体(1981〜90)、インディーズの全盛へ(1991〜2000)、製作バブルのなかで(2001〜11)と、全12章の構成になっています。

作家論や作品論ではなく、改めて、日本映画がいかにその時代の影響を受けて作られてきたのかという歴史が記されています。映画に限らず、政治や宗教、戦争、国際情勢、文化的視点などと、関係するあらゆる方面から語られるその日本映画史観には驚嘆させられます。

次世代の我々は今後どのように日本映画を語り継いでいくのか、どのような日本映画を制作していくべきなのかを考えさせられました。ここで論じられている日本映画史を知らずに映画を語ることはできませんし、知った上で作る映画はまったく異なってくると思います。

過去の日本映画とこれからの作られる日本映画の見方が変わる書物です。

四方田先生の壮大な知識の宇宙に陶酔しながら、次は「署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義」(新潮社)を読みたいと思います。