映画博士マーティン・スコセッシ監督の「シャッター アイランド」は「カッコーの巣の上で」と対比して観ると面白さ倍増

私の映画人生に最も影響を与えた監督のひとりがマーティン・スコセッシ監督で、このブログでは今後何度も触れていくこととなると思います。このブログのタイトルにもなっている「タクシードライバー」(76年)がスコセッシ作品との最初の出会いだったでしょうか。評判は知っていたのですが、ロバート・デ・ニーロが好きで観てみたのだと思います。ニューヨークの通りを覆う煙、そこから出てくるイエローキャブ(タクシー)。リアルでありながら、なんとも幻想的な映画的表現に度肝を抜かれました。

ベトナム帰りのタクシードライバーが、社会に対する鬱憤を募らせ、自分こそがこの汚れた社会を綺麗にできるのだと思い込み、英雄的な行動を起こして殺人を犯すのですが、皮肉なことに汚れた社会では、家出娘を救うこととなった彼が英雄となってしまいます。多人種が生活するニューヨークを舞台に、ベトナム戦争で狂気の世界を見てきた男の孤独が、マイケル・チャップマンの流麗なキャメラワークと、バーナード・ハーマンのジャジーな音楽によって引き立てられます。

スコセッシ作品は宗教的なテーマが根底にあるのですが、私が特に惹かれるのは映画的な技法を駆使しているところです。スコセッシ監督は過去の世界中のあらゆる傑作映画を見た上で映画を撮っており、画面の端々に映画的なオマージュが感じられるのです。もちろんそこにオリジナリティを発揮して自分の作品を生み出しているのが凄いですよね。

いま手にしている映画プレスシートは、2010年製作の「シャッター アイランド」。「ミスティック・リバー」(03年)のデニス・ルヘインの同名小説をレオナルド・ディカプリオ主演で映画化したミステリーです。普通のプレスシートではなく、1950年代を舞台にした作品にあわせて、当時の刑事が事件のレポートをまとめたファイル形式になっています。しかも場面写真が事件の証拠写真のように袋に入れられ、事件の証拠の一つとなるメモが同封されている凝ったプレスシートとなってい、配給宣伝会社の熱い思いが伝わってきます。

精神を患った犯罪者だけを収容する絶海の孤島“シャッターアイランド”で起こった女性患者の失踪事件を調査しに、ディカプリオ演じる連邦捜査官テディがやってくるのですが、不可解な事件が続き、次第に何が真実で、何が真実でないのかわからなくなっていくというストーリー。凄惨な戦争体験と愛妻の死という二重のトラウマを負ったテディの2日間の壮絶な体験をミステリーとして、人間ドラマとしてスコセッシ監督は見事に描いています。次第に追いつめられていくディカプリオの演技も素晴らしいです。

ジャック・ニコルソン主演、ミロス・フォアマン監督の傑作「カッコーの巣の上で」(75年)を想起させる作品でもあり、映画的な謎解きやトリックの面白さを堪能できます。自分の目に見えているものが果たして真実なのか、信じていたものが信じられなくなっていく自分の頭はどうかしてしまったのか、夢か現実か、その境目が曖昧になっていく展開は必見です。スコセッシ作品を観ていくと主人公にはどこか共通したテーマが負わされていることに気づいていくと思いますので、オススメします。

シャッター アイランド&ウルフ・オブ・ウォールストリート ベストバリューBlu−rayセット [期間限定スペシャルプライス] [Blu-ray]
2010年/アメリカ映画/138分
配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン

幻想的な宇宙や天地創造を想起させる圧巻の映像、テレンス・マリック監督「ツリー・オブ・ライフ」の映画的記憶に浸って欲しい

伝説の映画監督テレンス・マリック。1973年のデビュー作「地獄の逃避行」でアメリカ映画界屈指の作家との評価を受け、「天国の日々」(1978年)でその才能を決定的なものとし、特に陽が暮れる前のマジックアワーを活かした映像美は映画的なスタンダード(伝説)となりました。もちろんリアルタイムでは劇場で観ることはできなかった世代なので、約20年ぶりに手掛けた「シン・レッド・ライン」(98年)の公開時には興奮したのを覚えています。

寡作のマリック監督は「ニュー・ワールド」(05年)を経て、「ツリー・オブ・ライフ」(11年)完成させました。一貫して人間と自然をモチーフに描き、同作でも親と子、特に父と息子の確執を題材とし、その葛藤を瑞々しい映像の中に浮き彫りにしながら、人生や生命にまで思いを巡らせた作品になっています。

しかもキャストには、ショーン・ペン、ブラッド・ピット、ジェシカ・チャステインという最高の俳優を迎え、ブラピはこの作品を実現させるために製作にまで名を連ねています。ブラピが演じた1950年代テキサスの厳格な頑固親父は観ていて痛くはありますが、どこか人間的な弱さを持った憎めない人物としても描かれていると思います。そんな頑固親父との確執から心に深い喪失感を抱いて中年になった息子ジャックをペンが味わい深く演じています。

作品は、まるでジャックの記憶に分け入るように展開し、マリック監督の映像世界、流麗な語り口に深く包み込まれるような感覚に陥ることでしょう。頑固親父、夫に逆らえない優しい母、そして兄弟たちとの思い出、家、町…。時代や境遇は違えど、誰しもが持っている懐かしき記憶がそこには描かれています。

マリック監督自身の内面が映像に織り込まれ、さらに幻想的な宇宙や天地創造を想起させる大自然の映像は圧巻。普遍的な家族の絆を描きながら、人間の存在、宗教的な贖いと受容の問題にまで作品世界は広がっていきます。そんな映像とリンクする音楽も素晴らしくマリック版「2001年宇宙の旅」を評されています。もはや凡人にはついていけない境地まで達している感はありますが、シンプルにその映像と言葉、音楽を浴びて、生命のDNAの螺旋ループに巻き込まれるように映画的な記憶の中に浸ればいいのだと思います。

プレスシートは、英語で書かれたタイトルがのった半透明の表表紙をめくると、父親の手に包まれた赤ん坊の小さな足の裏が表紙写真になっています。続いてブラピ、ペンの写真とともにイントロダクション、マリック監督の解説があり、中ページは半見開きとなっており、作中のカットがカラフルに配列され、めくると映画評論家やオピニオンらによるコメントが掲載されています。そしてキャスト紹介、場面写真とともに貴重なプロダクション・ノートが掲載されています。

映画の映像的な快楽を得たい方、もしくは生きることに意味を見出せなっている方、自分の存在を見つめ直したい方などにオススメの作品です。圧倒的なマリックワールドにのみ込まれることでしょう。

ツリー・オブ・ライフ ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]
2011年/アメリカ映画/カラー/ヴィスタサイズ/SRD/2時間18分
提供:フォックス・サーチライト・ピクチャーズandリヴァー・ロード・エンターテイメント
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン

「エレクション」のジョニー・トー監督が仏映画界と化学反応を起こした「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」の美学に酔いしれる

ジョニー・トー監督の「エレクション」(05年)を初めて観た時は頭を打ち抜かれたような衝撃を受けました。ジャッキー・チェンやジョン・ウー、ツイ・ハーク、そしてウォン・カーウァイらの監督作品を観て育った私にとってジョニー・トー監督との出会いはなぜか遅かったのです。

香港最大の暴力団の会長選挙を背景に、トップを狙う男たちの仁義なき戦いを描いた犯罪群像劇の「エレクション」。それまでのジョン・ウー監督のフィルム・ノワールとはまたひと味違った香港マフィアもので、リアルな中にトー監督の美学を感じさせるものでした。冷静沈着なロクを演じたサイモン・ヤムの殺気だった存在感と、組の稼ぎ頭で選挙に敗れたディーを演じたレオン・カーフェイの格好良さ。「愛人 ラマン」(92年)の頃の美青年からは想像もつかないヤクザを恐ろしいほどの愛嬌で演じている様に痺れました。

それからトー監督作品を観ました。続編の「エレクション 報復」(06年)、「ザ・ミッション 非情の掟」(00年)、「PTU」(03年)、「ブレイキング・ニュース」(04年)、「エグザイル 絆」(06年)など。「ワイルドバンチ」(69年)などの作品でバイオレンスの巨匠として知られるサム・ペキンパーにも匹敵する美学を持ったトー作品は香港映画の概念を変えたと思います。

世界から注目を集めるそんなトー監督がフィルム・ノワールの本場フランス映画界と組んで製作したのが「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」です。ハリウッド映画を超える派手なアクションと銃撃戦、そして哀愁に満ちた男たちの美しき生き様が描かれ、香港ノワールとフレンチ・ノワールが見事に化学反応を起こしています。

惨殺された娘家族の復讐を誓う主人公コステロにフランスの国民的スター、ジョニー・アリディを迎え、彼に雇われる3人組のヒットマンにアンソニー・ウォン、ラム・シュ、ラム・カートンとトー組常連俳優が脇を固めています。もはや芸術の域に達している銃撃戦の激しさと美しさは必見。映画的美学に酔いしれたい方にオススメの作品です。

冷たい雨に撃て、約束の銃弾を [DVD]
2009年/香港・フランス/108分/シネスコ/ドルビーSRD/R-15+
製作:ARP、メディア・アジア 制作:ミルキーウェイ・イメージ
提供:ファントム・フィルム、アスミック・エース エンタテインメント
配給:ファントム・フィルム

ナ・ホンジン監督「哭声 コクソン」とパク・チャヌク監督「お嬢さん」の恐怖と変態ワールドを堪能すべし

今日は早稲田松竹で「哭声 コクソン」と「お嬢さん」の2本立てを観てきました。改めて韓国映画の映画的クオリティの高さとオリジナリティの底力を見せつけられました。ナ・ホンジン監督とパク・チャヌク監督というこの才能が同時代に活躍している韓国映画が羨ましく思いました。

「チェイサー」(08年)と「哀しき獣」(10年)でその才能を一躍知らしめたホンジン監督。「チェイサー」は犯罪スリラーでありながら、その躍動感とテンポの良い展開でぐいぐいを観客を引き込み、徐々に殺人鬼の恐ろしさと犯人を追う者の焦燥感、そして被害者の哀しみがラストに向かって緊張感たっぷりに描かれます。

「哀しき獣」は「チェイサー」をさらに超えるクライムサスペンスで、罠にはめられて追われる身となった男が、闇に潜む真実を暴き出し復讐していく姿を疾走感とリアリティ、圧倒的な迫力のバイオレンスでもって描き出していきます。「チェイサー」を観た時はもの凄い才能が現れたなと驚嘆しましたが、「哀しき獣」を期待をはるかに上回る傑作でした。

そして「哭声 コクソン」は、これまでと同系のサスペンススリラーでありながら、得体の知れない「悪」、恐怖を描き、前2作を超える骨太な作品となっていました。中でも日本からホンジン組に参戦した國村隼の存在感は素晴らしく、韓国の第37回青龍映画賞で外国人俳優として初受賞となる男優助演賞と人気スター賞をダブル受賞しました。観終わった後に、腹の底にこれまで味わったことのない恐ろしさが残る作品でした。

 

哭声/コクソン [Blu-ray]

 

「JSA」(00年)、「オールド・ボーイ」(03年)、「親切なクムジャさん」(05年)のチャヌク監督最新作「お嬢さん」は、英国の人気ミステリー作家サラ・ウォーターズの小説「荊の城」を原案に、舞台を日本統治下の韓国に置きかえて描いたサスペンスドラマです。残虐でエロチックな要素がふんだんに盛り込まれ、まるで秘め事を覗き見をしているような錯覚に陥る作品でした。アート作品の高みに到達しています。

 

お嬢さん <スペシャル・エクステンデッド版&劇場公開版>2枚組 [Blu-ray]

 

誤解を恐れずに言えば、ホンジン監督もチャヌク監督も変態監督です。しかし、独自のオリジナリティとイマジネーションが素晴らしく、2作品とも上映時間が約2時間半あるのですが、時間は感じません。韓国映画の現在地を知りたい方、映画的な刺激に飢えている方などにオススメの2作品です。

ソフィア・コッポラ監督「ロスト・イン・トランスレーション」は心の不安や孤独感を和らげてくれるステキな愛の物語

ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」(03年)は大好きな作品の一本です。父親であるフランシス・フォード・コッポラ監督の「ゴッドファーザーPARTⅢ」(90年)でマイケル・コルレオーネの娘メアリーを演じたソフィアがまさかこんなステキな映画を監督するようになるとは、やはり血は争えないのですね。

日本の東京という街に仕事でやってきたハリウッド俳優ボブと、カメラマンの夫の仕事にくっついてやってきた若い妻シャーロットが宿泊先のホテルで出会う。違う文化、違う言葉の中で互いに言い知れぬ不安と孤独感に苛まれていた2人が、ただ単に寂しさを紛らわすためではなく、年齢も性別も超えて打ち解けていく心の機微が繊細に描かれる愛の物語です。

ボブにビル・マーレイ、シャーロットにスカーレット・ヨハンソンという絶妙なキャスティングで、中年男と若妻が徐々に心を通わせていく様子がなんとも自然に違和感なく、時にコミカルに、時にエロチックに映し出されていきます。アメリカから日本という違う国に来たから疎外感から不安や孤独感に苛まれますが、この2人は元々同じような思いを心の中に持っていたのだと思います。そんな2人が偶然にも東京のホテルのエレベーターの中ですれ違い、バーで親しくなり、街に出て心を通わせていきます。

自分のパートナーは本当に運命の人なのか。そんな疑念も2人の中にはあったのかもしれません。多くを語らなくても不思議に分かり合える人。数日の間交流するが、一線を越えない関係。別れの時が近づくが、お互いに踏み越えられないまま。ソフィアのとてもパーソナルな感情を描いたようにも見える作品ですが、彼女の類い稀なる感性が観る者の心を掴んで離さない作品です。ラストシーンは、何とも言えない幸福感に包まれます。

音楽も素晴らしく、第1作「ヴァージン・スーサイズ」に続き、ブライアン・レイチェルが音楽プロデューサーを担当。ボブとシャーロットの心を表現するような音楽と、東京の風景が見事にマッチし、日本からははっぴいえんどの「風をあつめて」が選曲されているのも憎い。

第76回アカデミー賞、第61回ゴールデングローブ賞ほか各映画賞で高い評価を得て、ソフィア監督の評価をさらに高めました。父親のコッポラが製作総指揮を担当しているのもいいですね。オール東京ロケを決行し、スタッフの90%が日本人という体制で製作されたそうです。

なんだか他人との関係に上手くいっていないとか、自分の殻を破れずにいるとか、心に孤独を感じている方にオススメしたい作品で、観ると他人と触れ合いたくなると思います。

 

ロスト・イン・トランスレーション [DVD]

2003年/アメリカ/102分/ビスタサイズ/SRD
提供:東北新社、アーティストフィルム、フジテレビジョン
配給:東北新社/宣伝:ファントム・フィルム

黒沢清監督の世界の見方が恐ろしい、「ドッペルゲンガー」は新しい解釈で新境地を開拓

日本人監督の一人目は黒沢清監督です。いま日本映画界で黒沢監督ほど独自の世界の見方をする監督は他にいないと思います。日常のすぐそばに恐怖があることを示してくれています。「CURE キュア」(97年)の登場はそれ以降の日本映画のひとつの方向性を変えたといっても過言ではないでしょう。

今回久しぶりに手にしたプレスシートは「ドッペルゲンガー」(02年)です。「CURE キュア」以降、「カリスマ」(00年)、「降霊」(00年)、「回路」(01年)と立て続けにコンビを組んだ役所広司さん主演作。ドッペルゲンガーという主題をチョイスしてくるあたりが実に映画的だと思いました。

ドッペルゲンガーとは、ご存知の通り、自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、伝承では、ドッペルゲンガーを見たものは数日のうちに必ず死ぬと言われている、自己像幻視のことです。

自らの分身(ドッペルゲンガー)に遭遇した男を役所さんが演じ、当然その相手役も役所さんが演じるという試みに挑戦した黒沢監督の新境地とも言える作品。自分の分身と遭遇した男は、次第に現実の自分と理想の自分と葛藤しだし、ひとりの人間の中で起こるもの、本来の自分と分身であるはずのもうひとりの自分が闘いを繰り広げる様が映像で表現され、コミカルでありながら恐ろしくなってくるのです。

その主人公の研究者の男を役所さんが見事に演じ分け、分身であったはずのもうひとりの自分に存在を脅かされていく様子をリアルに演じられる役所さんはやはり凄い役者です。どの作品でもどんな役でもその人物に染まり、最後には自分のものにしてしまっているのです。黒沢監督の描く恐怖と役所さんが持つ恐ろしさが融合するととてつもない化学反応が起きて、今まで見たことのない怖さを目の当たりにします。

現実世界とあの世(非現実世界)とも言える世界の境界線が次第に曖昧になり、遂にはどちらが現実なのか分からなくなっていきます。映画を観ているこちらも映画なのか、観ているこちら側が非現実なのか感覚が麻痺してくるようです。

黒沢清論について今回はこの辺にしておきますが、また違う作品のプレスシートをめくり返しながら深く論じていきたいと思っています。黒沢監督はもしかしたら別世界から来た監督(才能)なのかもしれません。全10ページ。

 

ドッペルゲンガー [DVD]

2002年/35ミリ/カラー/ドルビーSR/ヴィスタ/107分
製作:東芝、ワーナー・ブラザース映画、日本テレビ、アミューズピクチャーズ、日本テレビ音楽、ツインズジャパン
配給:アミューズピクチャーズ

傑作「パリ、テキサス」から20年、監督ヴィム・ヴェンダースと脚本サム・シェパードが再び組んだ「アメリカ、家族のいる風景」

高校生の時に観たヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」(87年)は、それまでの映画に対する私の考えを一変させた一本でした。実は天使がすぐ側でいつも見守っていてくれているかもしれない、そしてそんな守護天使が人間に恋してしまい、地上に舞い降りる、なんていう設定をモノクロ映像をメインに映画的に描き、ドイツ出身のヴェンダース監督の才能を決定づけた傑作です。

ヴェンダース監督が10年ぶりに故国に戻って撮った作品。日本でも単館系作品の興行記録を塗り替えて、ミニシアターブームを牽引しました。天使が人間になった(地上に舞い降りた)瞬間にモノクロ世界がカラーになる表現には鳥肌が立ちましたね。

それからヴェンダースの過去作品「都会のアリス」(73年)、「まわり道」(75年)、「さすらい」(76年)、「アメリカの友人」(77年)などを貪るように観たのですが、中でも私の心を打った作品は、サム・シェパードが脚本を手掛けた「パリ、テキサス」(84年)でした。

自分のもとを去った妻を捜して、テキサス州の町パリを求めて砂漠を彷徨う男。行き倒れてロサンゼルスの自宅に戻された男は、4年前に置き去りにした息子と一緒に妻を捜しに再びテキサスへと旅立つ。男の孤独が乾き切った砂漠の風景とリンクし、男の心象風景を切り取ったような撮影監督ロビー・ミュラーの美しき映像と、ライ・クーダーの哀愁の旋律が、ロード・ムービーの孤高の傑作として昇華しています。

妻をついに探し出すのですが、最初は夫と気づかずに電話越しに語り合う妻との会話は秀逸。男の孤独以上に、妻が抱えていた女としての心の孤独を知った時、男は初めて自分を受け入れることになります。主人公の男トラビスを演じたハリー・ディーン・スタントンの名演はもちろん、妻を演じたナスターシャ・キンスキーの美しさに心奪われ、息子と再会するラストシーンでは、それでも再び一緒には暮らせない現代社会(当時)の家族のあり方が暗喩されていて、心に深く残る作品です。

いま手にしているのは、監督ヴェンダース、脚本シェパードが20年ぶりにタッグを組んだ「アメリカ、家族のいる風景」です。前作が“完璧な体験”だったため、再び組むことに躊躇していたシェパードとヴェンダース監督が、前作を超えるため、何度も意見交換し、3年かけて脚本を完成させた作品です。

一人の男が抱える孤独を通して、血のつながりや家族の意味、失われたものと新たに生まれる愛について描いています。主人公をシェパード自身が演じ、ジェシカ・ラング、サラ・ポーリー、ティム・ロスらが演技派が共演。「パリ、テキサス」への20年後の返答のような作品と言えるでしょう。

自分の存在や生きることの意味を見失いかけている人、一人旅をしようと思っている人などにおススメで、「孤独」について考え直されつつも、家族とは何かに気づかせてくれる作品です。

 

アメリカ、家族のいる風景 [DVD]

2005年/ドイツ=アメリカ/カラー/シネマスコープ/SRD・ドルビーSR/124分
後援:ドイツ連邦共和国大使館
提供:レントラックジャパン、クロックワークス
協力:コムストック オーガニゼーション
配給:クロックワークス

ナタリー・ポートマンの美しき演技とダーレン・アロノフスキー監督の幻想的な世界が堪能できる「ブラック・スワン」

「レオン」(94年)のあの可愛いお転婆娘が、まさかこれほどまでに美しく、演技派の女優に成長しようとは予想以上だったのではないでしょうか。少女マチルダ役に、オーディションで選ばれた当時12歳のナタリー・ポートマンは、それから17年後に第83回米アカデミー賞で主演女優賞を見事獲得しました。

その作品はダーレン・アロノフスキー監督の心理スリラー「ブラック・スワン」。「白鳥の湖」をモチーフに、禁断の変身願望に魅入られたバレリーナの物語を、純真と官能がせめぎ合う衝撃的な映像世界で表現しています。「レオン」で孤独な殺し屋に生きる目標を与えたナタリーは、「ブラック・スワン」の過酷な役作りで女優としての限界に挑戦し、孤独なバレリーナの極限の真理を見事に体現しました。

プレスシートは、透かしの表紙が付いており、作品世界に合わせ、ブラックとホワイトを基調としたページ組、デザインになっています。劇中の美しい映像のカット写真がふんだんに使用され、写真集としても成立するクオリティになっています。全14ページで、イントロダクション、ストーリーに続き、ナタリー、共演のヴァンサン・カッセル、ミラ・クニスらキャスト、アロノフスキー監督らスタッフが紹介され、貴重なプロダクションノートも掲載されています。

アロノフスキー監督の長編デビュー作、数字に取り憑かれた男の破滅的な運命を描いた不条理スリラーの「π」(97年)、ドラッグを題材にした衝撃的なストーリーの第2作「レクイエム・フォー・ドリーム」(00年)を観た時の驚きは今も鮮明に覚えています。独特なイマジネーション、新しい幻想的な映像表現をもった才能が登場したなと。そして、ミッキー・ロークの復活作となった「レスラー」(08年)では、落ちぶれたプロレスラーの孤独を哀感たっぷりに描き、その確かな演出力を示しました。

そして「ブラック・スワン」では、主人公のバレリーナが新シーズンの「白鳥の湖」のプリマに選ばれたがために、そのプレッシャーと役への入り込みから徐々に「白鳥」と「黒鳥」、「正気」と「狂気」の境目が曖昧になり、精神的に追い込まれていく様を、幻想的で美しい映像と音楽で描き切りました。観ている方も心理的に追い込まれていくような作品でした。

監督の独特な頭の中を観ているような作品であり、次第に精神的バランスを崩していく主人公を演じたナタリーの演技は一見の価値有り。映画的に刺激的な映像表現を堪能したい方や、精神的に不安定な状況にある方に観て欲しい作品です。逆に我にかえるきっかけになる、客観的な視点が得られると思います。

 

ブラック・スワン (デラックスBOX) [DVD]

2010年/カラー作品/シネマスコープ/110分/ドルビーSR・SRD、DTS
配給:20世紀フォックス映画

ジム・ジャームッシュ作品から多大な影響を受ける、「コーヒー&シガレッツ」でちょっと息抜き

ジム・ジャームッシュ、この監督は私の映画人生の中で外せない一人です。というか、相当な影響を受けています。先日、おそらく20年ぶりくらいに「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(84年)をhuluで観直したのですが、やはりいいですね。役者、セリフ、絶妙な間とリズム、キャメラ、モノクロの映像、音楽と、ジャームッシュの独特なオフビートな世界がなんとも格好よくて、今観てもオシャレ。

初めて観始めた時はこのノリで映画として成立するのかと思ったのですが、とんでもない、とても映画的な作品で引き込まれてしまいました。特別何か大きな事件が起きるわけではないのですが、抑制された役者の表情や台詞回し、その行間、時に水墨画のようにも見えるモノクロ映像とセンスのいい音楽の使い方が新しく刺激的でした。80年代当時アメリカの他者との関係、距離感を独特の視点で捉えていたのだと思います。

もちろん「パーマネント・バケーション」(80年)、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」、「ダウン・バイ・ロー」(86年)、「ミステリー・トレイン」(89年)、「ナイト・オン・ザ・プラネット」(91年)は世代的にリアルタイムで観ることは出来ず、90年代に入って本格的に映画について学び始めてからビデオで鑑賞しました。

スクリーンで観たのは「デッドマン」(95年)です。ジョニー・デップを主演に迎えた西部劇で、ロビー・ミューラーのモノクロの映像美と、ジャームッシュの世界観・死生観、ニール・ヤングの即興音楽にしびれました。フォレスト・ウィテカーを主演に迎えた99年の「ゴースト・ドッグ」にもはまりましたね。音楽はウータン・クランのRZAでした。

そして久しぶりに手にしているのは、03年の「コーヒー&シガレッツ」のプレスシートです。カフェを舞台に、コーヒーとタバコについてのリラックス・ムービーで、ジャームッシュでしか撮れない作品でしょう。俳優からミュージシャンまで個性派の面々が出演し、音楽はジャームッシュならではの選曲となっています。ただ、この辺の作品から少し迷走しはじめるのですが…。

プレスシートはほぼ正方形で、モノクロ48ページもあるブックレットタイプで、写真集のようにオシャレです。配給・宣伝会社アスミック・エースのセンスを感じます。映画を観続けることにちょっと疲れてしまったあなた、肩の力を抜いて、コーヒーを飲みながら、タバコを吸いながらリラックスして観て欲しい作品です。

 

コーヒー & シガレッツ (初回限定生産スペシャル・パッケージ版) [DVD]

2003年/アメリカ/スモークスクリーン・インク提供/アスミック・エース=BIMディストリビューション共同提供/35ミリ/97分/ヨーロピアンヴィスタ/モノクロ/ドルビーSRD/サウンドトラック:ビクターエンタテインメント/配給:アスミック・エース

テオ・アンゲロプロス監督の映画的な表現、「エレニの旅」では村が水に沈み、「霧の中の風景」では時が止まる

テオ・アンゲロプロス監督「エレニの旅」(2004年)のパンフレットを手にしています。フランス映画社配給で日比谷のシャンテ・シネで公開された時に販売されたものです。同館で公開されたフランス映画社配給作品のパンフレットは、映画的価値の高い書物と言えます。全38ページ(表紙・裏除く)。映画と同様に読み始めると映画的な旅ができます。

アンゲロプロス監督と言えば、寡作ながらもそのほとんどの作品が映画的傑作と評価されています。今から約20年前、当時大学で映画を学び始めた私にとって、232分という「旅芸人の記録」(1975年)の上映時間は苦痛以外のなにものでもなかったのですが、いざ観はじめると時間のことなど忘れ、まるで劇中の登場人物たちと一緒に映画的な旅をしているようでした。初めての感覚でした。

ハリウッド大作のように映像を消費するのではなく、見つめること。その映画の中に入り込むこと。監督=作家が描く個性的なイマジネーションの世界に浸ること。そして、映画から世界を学ぶことを教えられた気がします。一回観ただけでは理解できません。観て学び、調べてまた観るの繰り返しです。ギリシャの荒涼とした大地に、大きめのカバンを持った旅芸人の一団が佇む引きのショットが、アンゲロプロス作品を象徴しているといえるでしょう。

アンゲロプロス作品の中でも私が特に好きなのは「霧の中の風景」(88年)のワンシーン。父親を探しに旅に出た12歳の少女と5歳の弟が、保護された警察署から外に逃げ出した途端、雪が降り、世界の時間が止まる描写。姉弟以外の世界は時間が止まり、その中を2人は再び進んでいきます。このシーンを観た時、映画っていいなと思いました。その他にも海から吊り上げられる巨大な手、フィルムの切れ端の中に浮かぶ樹木など、痛切に美しい詩のような、映画的な風景が映し出されます。

それから16年、「エレニの旅」はロシア革命で両親を失ったギリシャ難民のエレニの半生を、ギリシャ現代史に重ねて描いた映像叙事詩ですが、なんと村が一つ水の中に沈みます。アンゲロプロス監督作品でしか撮れないシーンだと思います。監督の中、眼差しには常に、安住の地などない難民としての問題があったのだと推測されます。海に囲まれた島国の日本人は、このテーマを突きつけられた時に何を想えばいいのでしょうか。

パンフレットには監督の直筆の言葉、インタビュー、作品解説、スタッフ・キャスト紹介に加え、俳優・佐野史郎さんが作品に寄せた文章、さらにシナリオが採録されており、写真も含め非常に貴重で重厚な内容となっています。

ギリシャの20世紀を描く3部作のうちの第1作で、第2作「エレニの帰郷」は09年に発表されましたが、アンゲロプロス監督は第3作目を撮影中の12年に、アテネ郊外のトンネル内でオートバイにはねられる事故で惜しくも亡くなってしまいました。3部作は未完となっています。享年76歳でした。壮大な映像叙情詩がどのように完結したのか観たかったですね。

映画とは何かを教えてくれた監督の一人です。「エレニの旅」(05年4月公開)のプロモーションで来日された時に取材できたことは、私の中で非常に大きな財産となっています。

 

エレニの旅 [DVD]

2004年/ギリシャ、フランス、イタリア、ドイツ合作、ギリシャ映画/ドルビーSR/2時間50分/
提供:フランス映画社、紀伊国屋書店/配給:フランス映画社 バウシリーズ作品157